2026年3月29日日曜日

金子文子、『クニオ・バンプルーセン』

 3月25日『朝日新聞』朝刊の「天声人語」冒頭に次の文章が掲載されている。すなわち、「金子文子が大逆罪で死刑の判決を受けたのは、1926年の3月25日、ちょうど100年前のきょうである。恩赦で無期懲役に減刑された後も、頑として転向を拒んだ反骨のアナキストは獄中で自死した」と。これを読んで些か違和感を覚えた。金子が「自死」と発表されたのはあくまで刑務所側からの発表であって、縊死であったことは間違いないかもしれないが真相は謎の域を脱していないはずである。それともそれは自分の誤解・曲解か。Webで見ると自死したとの記事が多いが、自分では得心していない。斎藤美奈子もある本の書評で、金子は「獄中で謎の死をとげた」と書いている(『朝日新聞』2019年7月)。
 乱暴な援用かもしれないが、拷問死したことが定説となっている小林多喜二も警察発表では「心臓麻痺による死」であった。

 <乙川優三郎 『クニオ・バンプルーセン』(新潮社、2023年)>:北ヴェトナム地対空ミサイルの囮でニッケルと呼ばれた戦闘機パイロットだった父ジョンは(恐らく)PTSDに罹り拳銃自殺をした。母真知子とクニオは日本に戻りクニオはグアム大学から国内の大学に編入学する。日本文学に傾倒するクニオは日本人らしからぬ体躯と色黒であり片親でもあった。故にバイリンガルで一流大学卒業でありながら大手の出版社の入社試験では面接で落ちまくった。社長含めて数人しかいない出版社泉社に入りそこで働くこととなる。翻訳出版を含む文筆作品の編集者となり、大学生で小説家を目指す田畑歩美を発掘し育成する。田畑の友人である江坂ユリとも知り合う。と、ここまでがこの小説の玄関を開けたところである。
 本読みの母真知子、大手出版社の編集者となった江坂、アニーはクニオと同じでハーフのバイリンガルであり翻訳を生業とする。優れた文筆家の三浦は、鴨川に妻と二人で暮らす。泉社社長の与田、社の先輩である白川静女子。クニオの編集者としての思いは彼ら彼女らの中で活写される。全体を通しては翻訳書や小説という書物から生み出されるクニオの文学への思い、文章の奥深さを読んでいてその世界に引きずり込まれる。それはこの小説を生み出した著者の文学に対する思い入れと思慮の深さに通じるであろう。そして三浦夫妻、与田とその内縁の妻、彼らとクニオの語らいや酒の席で交わす言葉は何というのだろうか、その一時に魅了される。所作や会話に醸し出される空間と時間に触れるだけでこの小説を読む幸福を浸ってしまう。唯々乙川さんの作り出す小説に身を漂わせ、いい小説を読んだと思う幸福感といえばいいのだろうか。充実した時間だった。
 数日おいて、真知子とアニーの会話に出てくるキャンベルのミネストローネとクロワッサンを買ってきて食した。美味しかった。また、クニオが病に罹って飲むビールのコーラ割りも飲んでみた。これも楽しめる。ただしコーラはペプシがいいだろう。

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