2015年9月30日水曜日

シラスとウシハク、日露戦争以後の軍部の展開

 <大津透ほか編 『岩波講座日本歴史 第16巻 近現代2』(岩波書店、2014年)>:読んだのは「明治憲法体制の成立」(坂本一登)、「伝統文化の創造と近代天皇制」(高木博志)、「軍部の成立」(山田朗)。

 井上毅が「発見」した「シラス」は通教の「日本法制史」で知っており、それと一線を画す概念も知ってはいたが、それが「ウシハク」なる語で表されることは知らなかった。
 ウシハク:【領く】名詞ウシ(大人、主の意)と動詞ハク(佩く)から成る。主人として(土地などを)持っているの上代語。シロシメス(知ろし召す)が天皇に関していうのに対し、ウシハクの主体は神。(角川学芸出版、『古典基礎語辞典』5版)
 シラス:【領らす】お治めになる、御統治なさるの意で、用例は上代にのみにある。中古以降はシロシメスでお治めになるの意である。シル【領る】は場所や土地などを自分のものとして所有するときに、占有する・領有するの意で用い、支配する・統一するの意も表す。人を対象にすると、自分のものにし、責任をもって扱うことから、世話をする・面倒を見るの意にまで発展する。上代から例があり、以後、中世の作品にも例があるが、その数は必ずしも多くない。(同、『古典基礎語辞典』)
 【領らす】(「しる」に上代の尊敬の助動詞「す」が付いたもの)国を統治される。(『大辞林』第2版)
 これらの辞典だけからは、井上「シラス」論の内容を知ることはできない。その「シラス」論とは、「日本の皇室は国土人民を私有して来なかった - 皇祖の支配は元来私心のない公的性格で、その伝統的統治形式は近代の私的所有権と分離された公的所有権とかわらない」(川口由彦『日本近代法制史』新世社、1998年)とするものである。

 天皇陵・皇后陵・皇族墓の治定作業は江戸時代末期の尊皇思想の勃興で盛んになり、「大日本帝国帝国憲法発令の時期までに長慶天皇を除く、すべての天皇陵と多数の皇后陵・皇族墓が決定済みとなり」、「陸墓参考地」は1931年までに40箇所が決定し、現在までそのまま続く。1891年に皇統譜が裁可され、現在はその皇統譜による天皇系図が一般的になっているが、河内祥輔は「正統(しょうとう)」によって現在の天皇(今上天皇)を基準として天皇系図を示している(例えば『天皇の歴史04 天皇と中世の武家』講談社、2011年)。因みに河内の「正統(しょうとう)」はとても興味深く、読んでいて面白い。
 明治維新を通じての陸墓の整備によって「万世一系」が創り出され、明治憲法発布に伴う「大赦」によって旧「賊軍」は天皇の下、薩長藩閥と平等となった。即ち、会津若松の飯盛山では白虎隊の墓が整備され、西南戦争で敗れ賊軍の将となった西郷隆盛の生家には碑が建った。

 自分の関心が高いのは、日露戦争以後の軍部の展開。ここでの<軍部>という概念は、「軍隊がその官僚組織を背景に政治勢力として国政レベルの発言力を行使し得る存在になった場合に用いられる」こと。
 「軍部」の成立を4分類して論じている。
 (Ⅰ)①統帥権独立=内閣(政府)からの独立、②軍部大臣現役武官制、③帷幄(いあく)上奏権(統帥機関の長が、軍機軍令に関して行う上奏のことで、統帥大権より生ずる軍機軍令に関する軍事命令は立法・行政機関の関与を許していない)。即ち、これらから軍部の「独立と政治介入を保障するシステムの成立」が図られた。
 (Ⅱ)日露戦争後から策定された帝国国防方針は、天皇と軍部首脳以外では内閣総理大臣のみに閲覧が許される最高機密として扱われ、政府の関与はなく、「政府から相対的に自立した戦略の保持」が成されるようになった。政府の外交戦略と軍事戦略には齟齬が生じるようになり、また、軍事力構築の目標は国家財政の状況とは関係なしに設定されることとなった。
 (Ⅲ)陸海軍は自らの組織内で軍事官僚を養成し、外部機関に頼ることのない「軍事官僚制と人材養成システムの成立」が図られ、軍部大臣現役武官制とともに、他の省庁とは異なる組織構築を可能とした。これは陸軍幼年学校や陸軍大学校、海軍大学校などを軸とする軍内部の軍人官僚養成であり、帝国大学出身者などを軍から排したシステムを意味する。
 (Ⅳ)「軍隊の支持基盤の形成」は次のように築かれた。①徴兵制に基づいて各歩兵連隊が郷土部隊として編成され、郷土の部隊としての性格が強化され、さらに、②在郷軍人会が組織化された。在郷軍人会の本部は陸軍省内に設置され(後に海軍も加わる)、陸軍省官制が業務を規定し、支部-分会へと末端まで展開された。③靖国神社と地方の招魂社という戦没者慰霊機関が存在し、多くの戦死者を出した日露戦争期から「英霊」なる言葉が使われ始め、日露戦争を契機として「英霊」が靖国神社に合祀され、靖国神社は「英霊」とともに人々と密接な繋がりをもつようになった。

 (Ⅰ)の3要素、(Ⅱ)の帝国国防方針、(Ⅲ)の軍事官僚養成システムは敗戦にともなって消えたが、(Ⅳ)の③の「靖国神社」や「英霊」などは現在も多様な課題を有している。それらを含んで、日本という近現代のシステムは1945年という画期をもって語られることが多い。自分も1945年を中心におき、そこから明治も大正も、戦後も戦前も、(あるいは近世も中世も古代も、)見てみたいと思っている。

2015年9月29日火曜日

本一冊

 <大津透ほか編 『岩波講座日本歴史 第15巻 近現代1』(岩波書店、2014年)>:読んだのは「月報4 「戦争体験」について」(赤澤史郎)、「月報4 「日本式共同体」」(文京洙)、「近現代史への招待」(吉田裕)、「北海道・沖縄・小笠原諸島と近代日本」(塩出浩之)、「官僚制と軍隊」(鈴木淳)
 「北海道・沖縄・小笠原諸島と近代日本」
 徳川政権下では「蝦夷地(蝦夷島・クリル諸島・樺太)・琉球(沖縄)・ボニン諸島(小笠原諸島)は周囲に位置した境界的な地域」であって、内地の大和人による植民地化が図られ、属領として統治された。三地域とも原住者は「国家や社会を築いていたにもかかわらず、明治維新直後に日本の領土拡張の対象」となったのであり、北海道・小笠原諸島については大和人の移住により植民地化された。ここで植民地と呼ぶ理由の一つは参院選挙法の除外地域に指定されたことに現れている。北海道では、アイヌが住民を占めているのではなく、内地出身の大和人と同質であり、彼らは「人智」「民力」が異なっている「沖縄県・小笠原諸島と同列に扱うべきではないとも主張し」た。ここにみえる論理は、「大和人入植者としての植民地主義と不可分だった」。「小笠原諸島の欧米系住民は日本国籍に編入されたうえで、移動民としての生活を容認され」たが、沖縄は琉球王国の復活を求め、本土政府によって「沖縄県庁を通じて支配植民地化が行われ」た。
 ここで、支配植民地とは、官僚機構の移動を伴う植民地を指し、ほかに、植民地は、ヒトの移動の移住植民地、カネの移動の投資植民地、軍隊の移動の軍事植民地に分類される。
 北海道・沖縄を見るとき、両者は日本国内ではあるが、「特殊性を有する一部として位置づけられきた」のであり、これは現代も意識の中で残っていると思う。何せ、つい最近まで北海道開発庁・沖縄開発庁があり、どちらも開発しなければならない地であったのだから。
 「官僚制と軍隊」
 政務においては帝大法科出身の官僚、陸軍は陸軍大学校出身の軍事官僚が中核に位置し、敗戦まで継続した。「多くの専門分野を含む巨大な官僚組織と陸軍は、法制知識や戦術という組織の目的遂行に最も基本的な知識を授ける機関の限られた出身者に組織を管理する役割を負わせ」、選抜は試験制度によりっており、結局は「評価する側も同じ教育を受けた人々となると、文化的背景を共有する狭い集団が主導権を握り、予想外の事態への対応を応力が低下し」て狭隘な視野の人間が国を主導することになる。専門分野においても「官僚制の主流との人的つながりを断たれ」、「例えば人事においても、制度的な権限を持たない実力者が存在するような独自の世界を形成していった」のである。

 安倍首相が 「誰もが家庭で職場で地域で、もっと活躍できる『1億総活躍社会』をつくる」として担当相をおくとした。ぱっと思ったのが「国家総動員」や「進め!一億火の玉だ」の戦前のスローガン。個々の人間を全部一括りにして一つの色、一つのベクトルにしようとする気色悪さを感じた。

我流の本の読み方

 最近、以前購入したままに殆ど頁を開いていない本を読み続けようとしている。まずは近現代史を中心としており、先の戦争を真ん中に置き、周縁を拡げるような形で読んでいる(読もうと努めている)。本に書かれていること何でも知ろうとすると挫折するのは目に見えているし、また発散してしまうので関心が薄いところは斜め読みして飛ばす。そして読後はノートを残している。最初は全頁に目を走らせ、以前よりそうしているように、鉛筆で(時には赤の鉛筆やボールペンで)線を引き、あるいは囲みを入れ、本を汚すことを厭わない。その後、線を引いた箇所や囲みのみに集中して再度読み返す。その際はPCに向かってエクセルに書き込んでいる。さらにその本を参考にするときは原則このエクセルに書いたノートしか見ないようにしている。以上は通教のリポート(あるいは卒論)作成時の参考文献を読むときから実施している。その時に作成したノートは今でも有効となることは少なくない。過去に読んだ本も手許に残している本には線を引き、囲みを入れているので、思い出して頁を開くときに少しは役にたっている。但し、時々書き込みをした自分の文字が読めないときがある。まあ、これはしようがない。何せ酒を飲みながら読んで書き込みメモを入れたこともあったのだから。
 小説などの類はそんなことはせず、単に読後感を短くメモしている。このメモは1982年から続けているので過去に何を読んだのか振り返ることができる。33年間の記録を見れば改めて自分の変化をも知ることができるし、もうちょっとまともな読み方ができなかったのかとの悔いも出てくる。データをいじることが好きなので、年毎や季節毎の読書量の推移、作家毎の読書量変化や読書時期の変化もグラフに現れる。ある時期に集中して読んでその後読むのをやめた作家、あるいは長期間読み続けている作家など、要は読書を通して自分を透かし見ている。自己満足の行為であることには間違いない。

2015年9月28日月曜日

〇〇魂、キッチン・クローゼット修理

 先週の土曜日(19日)は娘の長男の小学校運動会。毎年行われる行事に足を運ぶ度、年月の経つ早さを実感する。そして、娘の長男が最近大人びてきたことを感じるようになっている。
 教師たちは黄色いTシャツを着ており、その背中には「○○魂」の文字がある(○○は地名であり小学校は○○小学校)。住んでいる街を歩いていると、ここ数年、背中に○○魂と大きくプリントされているTシャツを着た中高校生を頻繁に見かけるようになっている。以前より、自分はこの○○魂がよく判らない。違和感といってよい。何を意味し、何を表現し伝えようとしているのかが判らない。○○魂の○○で「他の地とは異なる」ことを強調していることは単純に判る。しかし、そこから先が判らない。「他の地とは異なる」ことをプラットホームとすれば、その上に乗っかっているものは精神論的、抽象的なものであり、故に多様な解釈があるようで、要はストンと入ってこないのだ。何故かと考えるに、○○魂というのはその集団の中にいる人々の行動の方向性・様式を示そうとしているのであるが、○○は地名(あるいは組織名)であり具体的な行動を示してはいないからである、と思っている。だから、例えば開拓者魂のような、行動に繋がる言葉がつくと違和感は覚えない。こんな風に思っているから自分で○○魂とかを口にすることはない。

 先日一人でいるときのこと。キッチン・クローゼットのパネルを閉めるときに異常音がする。パネルが閉じられる数センチ前にガリガリと音がする。パネルが何かと干渉しているわけでもなく、ゆっくりと閉めれば異音はしない。床に寝転んで引出しレールのラッチを解除して引出しを取り外し、パネルの緩衝装置を取り外した。ここからは、オレは、かつては機械設計をしていたんだから直せるはずだ、修理できない筈がないとの己惚が出てきたことは否定しない。そして緩衝装置を分解。しかし、分解時のケース取り外しに全部品がばらけてしまった。回転式のオイルダンパー、歯車、ラック、スプリング2本、スライドカム、ケース2点、これらが全部品。不具合箇所はオイルダンパーに嵌合させている歯車がダンパー軸上ずれていたことと判明。部品の形状や機能から推定して全てを組み込み、結論からいうとすべて正常に動作するようになった。全作業時間は1.5時間弱。
 帰宅した家人に、不具合と修理したことを口に出し、メーカーに依頼すれば部品代・出張費・技術料などで2万円くらいは要したはずだと自慢するも、軽くいなされた。

2015年9月26日土曜日

RWC、スコットランドに完敗

 ライブでスコットランド戦をテレビ観戦。スターティング・メンバーは南ア戦からポジションも含めて8人が変更。フロントローでは両PRが変わりHO堀江は南ア戦に続いて先発。LO大野は退き、No.8はマフィ。立川がSO(FH)に立ち、福岡が左WTBで、前回左だった松島は右WTBとなり、田村が左インサイドセンター。早稲田の藤田は今回もメンバーに入っていない。

 キックオフ3分後にいきなりのPG、12分にもPG。いきなりの連続反則があってもまだまだと思っていて、五郎丸のミラクルなタッチキックに続くモールトライ。コンバージョンも決めて7-6と逆転する。しかし、その後、立て続けに2本のPGを入れられ7-12となる。ジャパンのハンドリングエラー、ペナルティが目立つ。逆にスコットランドはキックオフ後には浅い位置に(バックスとフォワードの中間に)ハイパントを繰り返す。ジャパンは前戦と違ってつまらないミスが目立つ。誤解かもしれないがアイルランド人レフェリーはノッコンの取り方が一定でない気がした。松島がシン・ビンとなり、そしてまたジャパンはペナルティをする。PGが不成功でラッキーと思うも、五郎丸もゴールポストに当たるPGとなる。スコットランドの攻撃をゴール前で耐えていて、右に回されたときはトライされたと思ったが五郎丸の素晴らしい(!)タックルで相手をタッチラインの外に出し、前半は7-12で終了。南ア戦でも10-12でハーフタイムに入ったので、後半に期待するも、南ア戦でも後半にトライを取ったり取られたりしているし、ましてスコットランドは初戦だがジャパンは中3日なのでフィットネスやディフェンスが甘くなって荒れなければいいと思った。それに何にしてもジャパンはミスが多すぎる。
 後半に入り、ジャパンは攻撃するもトライに結びつかない。ゴールポスト前のモールからマフィが空中に飛んでトライを目指すも2人に阻まれる。この後マフィは担架で運ばれてツイと交替。五郎丸のPGで10-12。まだまだ逆転できると思ったがトライをされて10-17(G不成功)。
 この後、10-24になり、10-31となった時点でテレビを消した。勝つことはできないし、点差はさらに開くだろうと思い、翌日確認したらやはり10-45となっていた。諦めた理由は、まずはミスが多いこと、それにゲーム運びが荒くなっていたと感じたこと。PGを選ばずにタッチをとってトライにいったり、マフィの一発狙いのような中央ジャンプ。そして、甘いサインプレーによる中央付近でのインターセプト。南ア戦と違って悪さばかりが出た試合と感じた。誤解を恐れずに書くと、南ア戦で勝ったので、スコットランドでは勝ちに行ってしまった。確かに点差ほどの力の差はないだろうが、伝統ある強豪チームにチャレンジするという気持よりも、勝ちにいってしまったと思う。それが個々の精度の低い、規律のない(i.e.,ペナルティ、ハンドリングエラーなど)プレーに繋がったような気がしてならない。中3日というハード・スケジュール(相手は初戦)、風が舞っていることなど不利な条件の重なりはあるが、だからこそ尚更に地道なプレーを期待した。最低でも1点のボーナスポイントは欲しかった。

 今度は9日も空けてサモア戦。そしてその8日後にアメリカ戦。両方ともボーナス・ポイントをつけての圧勝を期待したい。でも(といってはいけないが)、ベスト・エイトに進むには南アとスコットランドの戦績に依存する。尚、今現在、五郎丸が最多得点のトップにいる(得点は29で、2位はスコットランドのSHで20点)。
 ジャパンの、ミスの少ない組織だったアグレッシブな試合を期待。

2015年9月22日火曜日

ラグビーの小説など

 RWC2015で日本代表が南ア代表に勝利したことに触発され、本棚に寝かせてあるラグビー関連の本を確認してみた。その中からラグビーを物語のつなぎにした小説、あるいはルポを3冊メモしておく。(栄光の記録とか現在進行形のルポやリポート、思い出話や啓蒙書じみた本は除外した。即ち、早稲田ラグビーを著したもの-例えば監督経験者の著作-、日本ラグビーにもの申しているもの、ラグビーの歴史を扱ったものなどは除外。ちなみに藤島大さんは大好き。)
 ①堂場瞬一『二度目のノーサイド』(小学館、2003年)。2010年に小学館文庫で読む。読んだ当時は酷評。著者はラグビーを舞台にしてあと2作を出しているが触手は動かない。
 ②山下卓『ノーサイドじゃ終わらない』(エンターブレイン、2009年)。爽快感を伴ったとの読後感がメモされている。出版されたときの「2010年版このミス」ではアンケート対象者72名のうち二人がこの本をあげており15点。
 ③蟹谷勉『死に至るノーサイド』(朝日文芸文庫、1996年)。小説ではない。感動した、考えさせられた、人間の悲しみを感じた一冊。内容をAmazonから引用すると「1930年代後半、ラグビーのオーストラリア代表にブロウ・井手という日系人がいた。ふとしたことからこの事実を知った加藤広野は、その足跡をたどり始める。第二次世界大戦を戦った日本とオーストラリア。重い歴史の扉を叩いた広野を待つ「ノーサイド」とは…。92年、沖縄県具志川市文学賞受賞作」 
 ウェブで“Blow Ide”、”WPJ Ide”と打ち込めば関連情報が得られる。Ideのプロフィールは<http://130queenslandrugby.com.au/yourstories/a-tragic-loss-to-gps-rugby-club-queensland-and-australian-rugby/>に「A Tragic Loss to GPS Rugby Club, Queensland and Australian Rugby」のタイトルを付して記載されている。また、<https://www.awm.gov.au/collection/PAFU2013/048.01/>にても知ることができる。
 Tower Of Strength と称され(『死に至るノーサイド』183頁)、戦後1970年までBlow Ide Memorial Cupが開催されていた(同184頁、および上記Australian War MemorialのHP)。
 Ideを主題とした映画『君はノーサイドの笛を聞いたか?』があるようだが、商業映画ではなくDVD情報も見つからない。観てみたい。また、著者は「ゲインラインまで」なる作品もあるようだが刊行本or掲載誌が見つけられないでいる。
 定年退職前に勤務していた会社の同じ部署の後輩に、九州某県の某有力高校ラグビー部でフランカーだった(かな?)人がおり、彼にこの本を貸して返却される際、涙が出てしようがなかった、という言葉が添えられた。

2015年9月21日月曜日

じゃぱんラグビー南アに勝利

 どれくらいの差で戦えるのか、大きく崩れてしまわないか、でも南アを想定して戦った直前のジョージア戦では僅差で勝利しているのである程度まではいけるかもしれないなどと想っていたワールドカップ初戦。酒に酔っていたので生放送は観ずに寝てしまった。早く目が覚めた翌朝すぐにPCで結果を確認したら何と勝利しているではないか。すぐに階下に降りて録画を観た。それからは興奮しっぱなし。五郎丸のトライ、ラストの逆転トライは何度も何度も何度も見た。
 素晴らしい試合だった。日本のタックル、ゴール前でのディフェンスには感動。反則やハンドリングエラーの少なさ、特にラスト10分ほどの相手ゴール前の連続攻撃ではミスをすればそれで終わりなのに安定して攻め続け、レベルの高いラグビーを楽しめた。

 RWC最大最高のアップセットを達成し、スタジアムでの多くの観客の反応も凄かった。日本を応援していた人はもちろん、そうでない人も素晴らしい、内容の高いラグビーに酔ったのではなかろうか。

 YouTuibeでも楽しめた。攻撃する日本側から南アゴールに向かって右側のスタンドからの観客の動画(https://www.youtube.com/watch?v=Rtk8r0ynDk8)、左側スタンドからの同様の動画があり(https://www.youtube.com/watch?v=WRc8q2c_l74)、臨場感あふれる逆転シーンを見られる。逆転トライの直前からは画面が紊れる踊るが、それだけにスタジアムでの興奮が伝わる。これらは必見。また、スタジオ外のモニターに歓喜する大勢の人たちの動画も確認でき、いかに日本の勝利が凄いことなのかがよく分かる(https://www.youtube.com/watch?v=ggpT_dn-ko8、https://www.youtube.com/watch?v=t43qYwSa26o、https://www.youtube.com/results?search_query=Japan+vs+South+Africa+in+Cardiff 、https://www.youtube.com/watch?v=f8SMs527jJA)。テレビから流れる試合とは異なる興奮を味わえる。テレビ放映はもちろんBD化して保存したが、YouTubeの映像もDLして保存しておいた。

 五郎丸のトライまでの一連の流れは美しい。気が早いけれど今回のRWCのベスト・トライ候補になるかも。
 これからの試合にも期待し、目標のBestエイトに進んで欲しい。

2015年9月15日火曜日

掃除完了、テキスト『ポツダム宣言と軍国日本』

 4日から原則午前中だけの掃除を行ってきて、12日にやっと終わった。過去にない徹底的な掃除であった。浴室はユニットバスのパネルも外し、洗濯機は位置をずらして目に見えないところまですべてやり、それだけに時間がかかってしまった。故障してしまった便座はバルブが壊れており部品だけで2万円弱要すること、内部回路基板への腐食懸念もあることより結局新型商品に交換することとした。一番安価なところをwebで探し、交換の施工は自分で行った。掃除から始まった一連の作業はこれで終了。掃除をやっている間、外に出るウォーキングは一切やらなかった。でもウォーキング以上に汗は出た。
 水蒸気清掃してからオスモでワックスをかけた床は、いつもそうだが、裸足の足裏の感触がいい。ただし自室のごちゃごちゃ感は相変わらずである。ものを捨てれば良いのだが、なかなかできない。CDは増える一方だし、安価なスピーカーも増えているし、ウィスキーの瓶もそうだし、本はときどき捨てたり古本屋にもっていったり息子にあげたりしているのだが増えていることには変わりない。自室の物を他の部屋に移動することは家人から頑に拒否されているし・・・・。

 <古川隆久 『敗者の日本史20 ポツダム宣言と軍国日本』(吉川弘文館、2012年)>:日本の「指導者層の人々は」「統一的意思決定が困難な国家機構や、政治的な意味での自発性を欠き、狭い視野しかもたない国民を生んだ日本国家の体質を敗北の根本原因と考えていた」のだが、その具体像、原因、反省の戦後への影響を探る本である(プロローグ)。「天皇の軍隊」(建前上は天皇の私兵)となった軍隊は「国威発揚のための外征型軍隊」となり、外部からの干渉回避のために統帥権を独立させ、官僚組織もまた天皇のための存在となり、帝国憲法は形式上天皇に全権威を集中させ、実権は内閣と軍部が持ち、陸海軍はそれぞれの組織利害を両立させるためだけに計画を立案ししかも極秘とした(エピローグ)。そして敗戦=「軍国日本の自爆」となった。
 陸軍と陸軍幼年学校について簡単にまとめてみる。東京裁判での被告は28人おりそのうち陸海軍を出身母体とする者は18人、陸軍出身者は15人である。15人のうち11人が陸軍幼年学校を卒業している。伊藤・山県らは民意を嫌い近代日本の軍隊は「どちらかというと一般住民に対立する存在として出発し」、陸軍は「民権的な反政府思想に染まらない将校を陸軍の中心的存在とするために、有能な人材を幼少期から陸軍に取り組んでしまおう」と陸軍幼年学校を設立した。陸軍幼年学校-陸軍大学校卒業は陸軍のエリート軍人であるが、幼年時より純粋培養された将校は視野の狭い(「広い国際的視野や長期的展望」をもたない)将校が陸軍で出世して幹部になる。その先は敗戦であり、戦勝国の裁判で前記の如く被告になっている。絞首刑7名のうち文官である広田を除く6名は陸軍出身で、松井石根以外は全員が陸軍幼年学校-陸軍大学校出身である。このことからもこのエリート学校卒業者が「今次の戦争」において大きな存在であったことがわかる。
 大西洋戦争における海没者は40万人で、戦闘での戦死者は約46%、約44%は南方へ輸送される途中で輸送船が沈没させられて犠牲となった。ガダルカナル島などでの戦死者に多くの餓死者を出したことは広く知られている。そもそも各戦域での戦死者230万人のうち約6割の140万人は餓死であったと推定されている。彼等は何と戦って死んでしまったのだろうか。230万人は日中戦争以後の日本軍の戦病死者である。ちなみにアメリカ軍はヨーロッパ戦線や太平洋戦争の合計でも55万である。55万人を”55万人しか”と言うことは軽薄であるが、230万人はごく自然に”230万人も”と言ってしまう。ちなみに、メレヨン島では将校の死亡率は33%、兵士のそれは82%であった。兵士は軽視されていた。
 「戦争責任問題」と「敗戦責任を認めた陸軍」の項が立てられている。深くは言及されていないけれど、ここにあげられた史実から感じたことは、「戦争責任」あるいは「敗戦責任」にある「責任」の基底にあるものは何なのか自分にはよく理解できないということである。例えばその「責任」は負けてしまった事実への悔恨から発するものか、戦争を起こしてしまったことへの反省からくる責任なのか、天皇に対し負けてしまって申し訳ないというところから発する責任なのか、等々書けばきりがない。

2015年9月9日水曜日

掃除、故障、ラグビー

 毎年夏には家の全ての床を蒸気で清掃し乾燥後にワックスをかける。年末にはそれに加えて一般的に言う年末大掃除を行っている。しかし、昨年末は通信教育の卒論にかかりっきりで何もしなかった。卒論のケリがついたら年末に匹敵する掃除をしようとしていたがついつい先送りにし、夏になると暑いので涼しくなってからとこれまた先送りにしていた。そして突然に先週金曜日(9/4)から毎日掃除を始めた。疲れるので原則午前中に動くとして、今日(8日)まで毎日おこなっているがまだ終わらない。

 悪いことは重なるもので、車の後部左ライトのケース(レンズ)が割れていた。いつそうなったのか解らないがどうも路上の石が飛び跳ねて当たったようである。そして今度はトイレ便座下部からの水漏れ。洗浄水配管接続部に異常はなく、内部での不具合のようである。ある程度まで分解して確認したが配線や基板をばらす必要もありそこには手をつけるのはやめた。結局はメーカーのメインテナンス会社の修理を待つことにする。車といい、トイレといい思いがけない出費が続く。

 6日、秩父宮で早稲田vs立教のラグビー。今季の対抗戦が開幕したが、一年の早さを感じ入ってしまう。次第に70歳に近づいてくる。そういえば、先日は民生委員の人が自宅に来て、“高齢者”だけの家には緊急連絡先の登録を依頼お願いしていると言う。 実際のところ高齢者区分されることにまだ慣れていない。
 ラグビーはパットしない試合。力強さ、早い展開が早稲田には感じられない。後半途中から激しい雨になり尚更に試合をつまらなくしてしまった。久しぶりにFBにつく滝澤を見た。一年生の桑山・宮里に期待。吉岡からの展開の遅さが気になるが、これは吉岡のせいばかりではないだろう。吉岡・杉本・岡田と3人のSHが出たのは初めてのことではなかろうか。 3人とも170cmに届かない身長でよくやっている。

ヘッドホンを購入

 深夜に音楽を聴くときは必然的にスピーカーのボリュームは小さくなる。バックグラウンドで流す場合はいいのであるが、ちゃんと(?)聴こうとすると物足りなくなる。よってヘッドホンで聴くことも少なくないのだが、いま持っているヘッドホンには不満を感じていた。SONYのMDR-CD900STはモニター・ヘッドホンとして確固たる地位と評価を得ており、自分でもクリアな音は好きなのであるが長時間聴くのには緊張が強いられるようで疲れる。また、ヘッドホン内部が耳に当たるのが妙に気になってしまう。AKG K172 HDは嫌いではないのだが耳を完全に覆わない小さなパッドが好きになれず、また音の拡がりというのかもっといい音を聴きたくなっていた。あとSONYのノイズキャンセラーのものもあるのだが、これはもっぱら昼時に自室以外からの音が気になるときしか使わない。Pioneerから始まってBOSEなどを変遷してきて今に至っているのだが、要は今までよりは少しグレードの高いヘッドホンを欲しくなっていた。
 40数年前からずっとヘッドホンは密閉型しか経験していない。これは偏に周囲からの音を遮断するためだったが、そのせいもあってかヘッドホンはいずれにしても長時間聴くと疲れるという印象を持っている。それにあの薄っぺらい人工皮革膜のようなものは耐久性がない。イヤーパッドは交換品であると言っても意外と高価であるし、頭の上の部分もボロボロになることがある。それで今回はオープンタイプでパッドは人工皮革でないベロアにしようとした-前記のAKG K172 HDもベロアであることを購入要因の一つとしていた-。で、選んだのがSENNHEISERのHD 650。数日前に購入しまだ碌に音も出していないが、音場の拡がりがあって、とんがりがなく、とにかくいいというのが今の印象で、あと数ヶ月も聴けばよりよくなると思っている。装着時の側圧が少し気になるので注意しながらサポートプレート部を変形させた。もっとも保有しているヘッドホンの側圧はいずれも手を加えている(自分の頭のでかさ故なのかも)。深夜に好きな音楽を聴く頻度が増えそうである。

 ヘッドホン・ハンガーを自作。コストはゼロ。空っぽになったウィスキーの瓶を棚に横に置き(接着剤で棚板に固定)、瓶の口やボディの部分にヘッドホンをぶら下げた。掛ける部分のカーブに合わせて瓶を選ぶことができヘッドホンは自然な姿勢でおさまってくれる。実益(飲酒)と趣味(音楽)の美しい(?)融合・・・他人が見たら嗤ってしまう。

2015年9月8日火曜日

まだ続く Whiskies aged 12 Years

 今年2月2日以降に追加したものは7種7本。TALISKER (10 years)、Dewar's、KNOCKANDO、Caol ila、TOMINTOUL、OLD PULTENEY (息子夫婦からの頂戴した)、LABEL 5 Extra Premium。累積で43種となった。まだ封を開けていないものが5本、飲みかけのものが8本。これらは基本的にトワイスアップで楽しみ、主目的が酔うことである場合は12(10)年ものより安価なウィスキーを別途購入しハイボールで飲んでいる。
 ジンやウォッカも銘柄や価格を変えたりすると面白くなっている。この前はスリランカのウィスキー(Mendis SPECIAL CEYLON ARRACK)のボトルを購入。”Processed coconut arrack“に興味をもって初めて口にしたが、嫌ともいえず美味いともいえないものだったが、瓶は空になっている。ボトルの形と無職透明さに興味を持って米国のコーンウィスキー(Georgia Moon)を買ったがなかなか減らないでいる。これは単に酔えばいいやと思うときにしか飲まない。

2015年9月2日水曜日

何度目かのL/O変更、読書など

 今年になってから何度目かのレイアウト(L/O)変更。PC周りのオーディオ機器を左側にまとめ、レコードプレーヤーも操作しやすい位置に移動し、テレビも移動。小さな音響パネルもスピーカーの背後と左右に追加し、そのフット部分の大工仕事もあったので結局二日がかりとなってしまった。

 <鯨統一郎 『笑う忠臣蔵』(光文社文庫、2014年)>:副題は「女子大生桜川東子の推理」の短編集。焼酎の紹介や、昔の俳優・映画・ドラマ等の薀蓄が各編の冒頭に書かれているつまらない一冊。前に読んだ短編集には日本酒の紹介があったのだが、今回は焼酎になっている。つまらないのではしょりながら目を右から左に動かしたに過ぎない。

 <水島吉隆 『写真で読む昭和史 占領下の日本』(日経プレミアシリーズ、2010年)>:新書であり写真も豊富に示されているため文章で綴られる量はかなり制限されている。しかし、要点が簡潔に解りやすくまとめられており、次のステップに進むための参考となった。
 冒頭に「日本4カ国共同統治案」の日本分割地図が載っており、USAがUSSR要求を拒絶しなければ44頁のコラムにあるように「東日本社会主義人民共和国」が誕生していたであろう。戦争に負けるとはこのように領土が奪われることであり、戦争で領土を奪うことができる。そしてまた領土問題は戦争でしか決着がつかないものである。
 コラムも参考になる。そのコラムの中から一つ、マッカーサーに日本人が推定507万通もの手紙を書き送ったことについての袖井林二郎の分析に得心する。「権力者と対決することなく一体化するというこの行動様式は、占領期に初めて見られたのではなく、他に逃げ場のない島国日本に、あるいは封建的集落という小宇宙に長い間生きてこざるを得なかった日本民族にとって、ほとんど本能化していたのではないか」と袖井は考えている。日本人の行動パターンを語るつもりはないし、語れる知識も論理も身につけていないが、「支配者に同調する」傾向は組織の中にみることが容易である。「支配者」を「上司」あるいは「上位者」などに置き換えればいいことである。しかし、同調した人をを安易に批判することはできない。なぜならこっちもこの日本の中でどこかに妥協し同調して生きてきたのであるから。

 <佐藤優 『読書の技法』(東洋経済新報社、2012年)>:大学通教に在籍していたとき、リポートや卒論のテキスト類を読むときの参考にした。ラフなつまみ読みだったので改めてちゃんと目を通しリフレッシュを図る。

 <--- 『ビッグコミックオリジナル 戦後70周年増刊号』(小学館、2015年)>:近くの書店にまだ2冊あった。印象に残る作品は「ホームルーム」(戦前の愚かさとステレオタイプの戦後民主主義の滑稽さと皮肉)、「光る風」(収録されているのはほんの一部。すぐに『ジョニーは戦場へ行った』と若松孝二監督作品「キャタピラー」を思い出す)、「さよなら憲ちゃん」(作者石坂啓の言葉を”http://blogs.yahoo.co.jp/alfmom29/39789507.html”から孫引きする:「主人公は日野マル子、彼氏が憲ちゃんと言ってイイ男なんです、やさしくてオトナでカシコくて平和的で、仲良くやってたわけですよ。そこに下衆のキワミというかシンちゃんと言う野郎がやって来てですね、こいつが無作法に野蛮にアタマ悪そうに横柄にコズルく卑怯にに、積極主義的に主人公に迫ってくるわけで…」 ダジャレ的に遊んでいるとも感じられる。)、あとは省略。

 <浦沢直樹 『BILLY BAT⑯』(講談社、2015年)>:ストーリー全体およびビリーバットに対してまだ奥歯に物が挟まったようにすっきりせずにいる。

 <安彦良和 『天の血脈6』(講談社、2015年)>:安積は内田良平の力で窮地を脱し、舞台は伊藤博文が統監を務める朝鮮半島に移った。