2016年8月25日木曜日

東海大戦

 24日の早稲田ラグビー、東海大戦。スコアを見るとがっくり。Aは19-52で、Bは7-21。しかし、前後半のスコアと選手の入れ替えを見ると、ある意味納得という気もする。後半になってCTB宇野を除く14人を入れ替えている。前後半は別の試合という感じがした(前半19-12/後半0-40)。東海大の選手の入れ替えが判っていないので良く分からないが、前半はAの試合、後半はBの試合というイメージを抱いた。そしてホントのBの試合は7-21でこれもまたCTB一人以外を全て交替させている。山下監督は大学選手権にフォーカシングさせて夏は実力把握の練習試合、選手への経験の積み重ね、課題の抽出とでも割り切っているのだろうか。選手の交代の少なさから帝京戦Aだけは別格に扱っているようであるが。
 ともあれ9/17成蹊大戦から始まる対抗戦に期待しよう。

新書とミステリーと漫画

 <青木理 『日本会議の正体』(平凡社新書、2016年)>:『日本会議の研究』は文献や史資料に重きを置いて日本会議の原点から現在までの経緯を詳記しているとすれば、この新書はインタビュー取材を多く行っていることで現在の日本会議および政治家との関係をリアルタイムデ語っている。
 「公」に天皇・皇室をおき、伝統や日本の美をそこに集約させ、支える基本は家族にあるというその考えは、何故にそう考えるのかがオレには理解できない。個は家族に含まれ、家族は同一平面上で公と同一化し、その公を包み込むのが天皇、皇室ということのようである。なぜそうなるのかは、『生命の実相』に触れて感銘を受けるということにあるようだ。そしてまた多くの国会議員が日本会議懇談会に加わり、地方議員も類似の行動にある。なぜ群れるのか、集票としての利便性にあるからか、単にお賽銭箱に気持を投げ入れるということなのか、疑問というより何か異次元の心象の如くに思える。
 いろんな考え方、思いはあって当然である。しかし、自分には大宅壮一の皮肉たっぷりの言葉が気持ちいい。大家の言葉を借りれば、谷口雅春は糊口をしのぐ方法として1929年個人雑誌『生長の家』をはじめた。発表したいからあなたの過去などを知らせて欲しいと手紙を出し、返事が来れば感想を書いて送る。それの繰り返しで人を呼び寄せる。軍人と未亡人が一番この手にかかりやすいという。それはそうだろう、軍人は名誉欲が強いから自分の過去やイイ話を載せてもらうと誇らしくなるし、未亡人は孤閨の寂寥を埋める慰めとなるのであろう。雑誌に載れば、知性を飾ることもできる。そうやって事業を拡大し、「戦前から戦中にかけて軍部の戦争遂行を全面的に賛美・協力し、これも勢力拡大の大きな跳躍台とな」り、戦後は現行憲法を嫌悪した。
 何はともあれ、「停滞期において不安になった人びとは、自分たちのアイデンティティーを支えてくれる宗教とナショナリズムに過剰に依拠するようになる。戦前の場合は国体論や天皇崇敬、皇道というものに集約されたわけです」(島薗進244-5頁)。
 『月刊日本』主幹の分析を引用する(246-7頁)。「憲法をめぐる考えひとつとっても、日本会議の内部や周辺には『明治憲法の復元』から『自主憲法の制定』、そして『現行憲法の改正』までいろいろな立場がある。2015年の安保関連法制を解釈改憲で押し切ったことも影響し、憲法改正を支持する世論はむしろ減ってしまったから、現実には憲法改正は相当難しくなっている。いまは必死で押さえつけていますが、改憲がうまくいかないということになれば内部対立が顕在化し、組織が瓦解してしまうことも十分に考えられます」。併せて次第に日本会議中枢の人たちも高齢化しており、いつか舞台を降りる。その時には戦前の記憶も薄らぎ、今のように戦前回帰、憲法改正/自主憲法制定の運動は様態を変えるかもしれない。そうなったとき、憲法への新しい向き合い方がでてくるのかもしれない。
 横道にそれるが、テレビや雑誌で日本を称賛することが増えているが、日本自らが日本に向けて、即ち内部に向けていることに違和感がある。日本的美感覚からいえば、称賛や礼賛は外部から発せられるもので、日本人はそれには面映い笑顔で奥ゆかしく接すると思っているのだが、いまは自ら凄いでしょ、偉いでしょとドヤ顔で身内に自我礼賛している。どこかおかしいのではと思うのだが。

 <早坂吝 『誰も僕を裁けない』(講談社、2016年)>:一晩5万円の援交を仕事にする探偵上木らいちのミステリー。ふざけた雰囲気のある、本格ミステリーとでも言えばよいのか、伏線はあちらこちらにあり、最後は全て明らかにして謎を解く。もっとエロっぽく、もっとバカバカしく、面白おかしいかとも思ったが、意外にマジメにミステリーを組み立てていて、期待外れとでも言おうか、感心したとでも言おうか、毛色の変わった一冊。以前に読んだ2冊ほどには楽しめなかった。

 <手塚治虫 『手塚治虫「日本文化」傑作選』(祥伝社新書、2016年)>:懐かしい絵の中に現代の漫画とは異なる深味というのか、人の世を見つめている姿勢がうかがえる。今の漫画には様々な材料を組み合わせて予定調和的に感動を生み出そうする側面を見てしまうのであるが、手塚治虫の漫画には先ず描こうとする世の中の普遍性があって、そこに材料を当てはめて物語を作っているという気がする。

2016年8月24日水曜日

早稲田ラグビー

 帝京大学との練習戦、Cの結果は28-24で勝利し、これで3タテでの負けはないと少しホットし、Aの結果がはたしてどうなるのか、正直に言えばどの程度の差で負けるのかが気になった。昨年は7-52で惨敗しているし、更には対抗戦で92点などと言う信じられない結果もあり、今夏はどうなるのか気になっていた。春にはアタックの練習はしていなかったといえどもディフェンスもさして良い訳ではなかった。結果は22-47で負けてはいるが、この程度で済んでいて、春からの進歩は確実にあるとの感想を持った。そして、唐突に大田尾が主将だったときの、大量得点で負けた夏の関東学院戦(2003年)を思い出した。その時は落胆だったが、今回は希望が持てるような気がした。しかし、Bの負けっぷりが良くない。層の薄さが感じられる。
 帝京大戦でのハーフ陣は斎藤・岸岡の1年生コンビ。SHの斎藤への期待が大きい。花園でみた斎藤の働きが強く印象に残っている。宮里が復帰したし、FBからCTBに変わった黒木がやっと出てきた。黒沢尻北の梅津も相変わらずAで出ている。桑山弟は怪我なのか、BにもCにも名前が出ていない。1年では三浦と柴田にも期待している。桂高校出身の杉本がフィールドにでていないのがちょいと寂しい。SHが活躍するとき、特に1年生のSHが活躍するときの早稲田は強いので、斎藤には目立って欲しい。多分Aで出続けるであろう。
 明日24日の東海大戦で現在の真の実力-帝京に抗するレベル-が判ると思う。現時点、明日の東海大戦のメンバーがHPにアップされていない。なぜ?

2016年8月19日金曜日

山梨に遊ぶ

 娘に全ての企画を任せ、こっちは予算面で全面サポートする夏の遊び。小笠原、1年空けて沖縄、昨年は那須、そして今年は山梨。日程の都合などで段々と身近になってきて、また、子供がまだ数ヶ月の赤ん坊なので息子一家は参加せず、今回は娘一家と私と家人の合計6人。企画する娘は日程調整や行く場所の検討が結構面倒なようで、娘の長男が来年はどこに行くと聞いたら、もうネタが少なくなってきたし分からんと言っていた。夏は旦那の実家のある仙台に行ったり、自由で気儘な子どもたちの面倒で疲れ気味の様子もうかがえる。

 15日、ワンボックスのレンタカーで一路都留市の山梨県立リニア見学センターへ行く。自分は一番後部座席で独り横になって寝ているのであっというまに到着したという感覚になる。外は暑く、リニアの車両が走っているわけではなく、小中学生向けのリニア関連展示場といった施設。ジオラマは良くできていて楽しめる。超伝導のデモでは説明するオバサンの自己満足度一杯の長いしゃべくりにウンザリしてくる。プレゼンの反面教師としては恰好の説明だったとは娘の旦那の感想。10分間しゃべくった後、沢山のマグネットを並べたジェットコースターのようなループに超伝導金属体を走らせたのは僅かに2回だけ。客に何を楽しんでもらおうかとの目的を忘れ、説明することが目的化し、説明している我に自己陶酔しているという典型的な目的と手段のはき違えではあった。
 昼食後は山中湖に向かう。山中湖はロードレースに参加して以来の6年ぶり。今は気が向いたときのウォーキングだけになってしまったが、6年前はネットで1時間20分かけて走った。オレはここを2回走ったんだぞと何度もアピールするが、皆ふーんという反応だけ。
 水陸両用のバスに乗って湖上に浮かぶ。残念ながら天候は思わしくなく富士山は裾野が見えるだけであった。
 夕食前に娘の旦那と焼酎を飲み始め、夕食時は葡萄酒を飲んで、部屋に戻ってまた飲んで、近くのコンビニに娘と長男と買い物に行ったことさえ翌日の記憶は斑模様。ペンションのオーナーの奥さんがランニング歴9年で、昨年初めてロードレースに出たという。スリムなその若い女性のランニング姿を想像(妄想)してしまった。

 16日は鳴沢村-ここのアップダウンの厳しいハーフマラソンも一度走っている-でフォレストアドベンチャー。年寄の我ら、特に家人に合わせてレベルの低いキャノピーコースであったが、それでも楽ではない。途中で家人がアスレチックネットを上れなくなり、四苦八苦し、オレは高所からカメラを落下させ-軟らかい土の上だったのでヒンジの小部品が外れただけで済んだ-、何はともあれ、身体に安全上のプーリーを装着してワイヤーに引っかけ、高所を跳ね歩いたり、1本のワイヤーを歩いたり、上から下に渡されたワイヤーにぶら下がってスライドしたり、楽しそうに遊ぶ娘の子どもたちの表情に嬉しくなったり、家人を世話する娘やはしゃいでいる娘の旦那の笑顔を見たり、とても楽しめた。機会があれば今度はレベルをあげて再度行きたいものである。
 特に予約した予定もなく、プランの候補にあったガラス工房に行こうと自分が言い出し、昼食後に西桂町のあしたばガラス工房に向かう。予約もなしで行ったらラッキーなことに、ホントにラッキーだったらしく、16:00からならOKと言われ、2時間の時間潰しに教えてもらった三ツ峠さくら公園で水遊びをする。人口ではあるが小川の中に入って水の流れで遊ぶのは何十年ぶりであろうか、小さい頃の山奥の鉱山での水遊びや奥会津での鰍とりを思い出した。こぢんまりしている所だけど、シートを張って飲食をしたりする家族もあって、緑に囲まれた素敵な場所であった。三ツ峠は気軽な登山として人気があるらしい。
 ガラス工房では一人40分ほどの時間をかけて自分だけのグラスなどを作る。二手に分かれ、娘の旦那とその子どもたちはグラス、娘と家人は皿、自分はジョッキにチャレンジ。釜の近くだし、高温に熱せられたガラスを吹いたり回したり絞ったりと、暑い。でも楽しい。娘の子どもたちは熱で顔が少し焼けたようになっている。ガラスをいじっている一連の流れのなかで、これにはまりそうになる自分がいる。展示されている工芸品をみて作りたくなる。できあがったガラス品はすぐに冷却釜に入れられ、混んでいるので少々遅れるが1週間ほどで自宅に送り届けられる予定。到着したらまずはハイボールでその美味を味わいたい。
 この日の宿泊は河口湖の貸別荘。きつい斜面に建てられた3階の別荘で、14人ほどの宿泊が可能になっている。娘の子どもたちは大はしゃぎ。レストランはゆったりできないということで、コンビニで買い込んだ食料、ビールをテーブルに拡げほぼ宴会。トランプをやったり、実際の所は娘の子どもたち-冒頭から「孫」の文字は使っていないし使いたくない-に遊んでもらった。3階の各階に別れて一番下の階は私、一番上は娘の旦那、真ん中は家人と娘とチビたちの4人。ベッドは余っているのだが、彼ら4人はそれぞれ二人づつになり、一つのベッドで眠ったとのこと。家人は娘の長男と一緒のベッドで寝たとのことだった。

 3日目の最終日。朝から腹がもたれている。飲み過ぎか食い過ぎか、多分前者であろう。自分一人だけ昼食会場には行かず、薬を飲んで横になっていた。酷いことはないのだが、どうもしっくりこない。1時間ほどして皆が帰ってきて、溺愛している-溺愛のほどが相手には十二分に伝わっていないようでもあるが-娘の娘が入ってくるなり、ジジはどことの言葉を発してくれたことに感激。
 ホテルのまえで富士山をバックに写真を撮り、向かったのは貸しボート屋さん。3人づつ2組に分かれ、湖上にこぎ出す。風があるせいか漕ぐ足が結構きつい。湖上で互いに写真を撮ったりしてあっという間に所定時間の20分が過ぎるが、これ以上は漕ぎたくない。しんどい。
 笛吹市に向かって蒲萄狩りとオリジナルのラベルを張った葡萄酒・ジュース作り。自分でハサミをいれた蒲萄は甘くて美味しいのであるが無制限に食べているとさすがに倦きてくる。それにしても娘の娘はボトルケースに腰を落とし、飽きもせずにひたすら食べていた。その兄の方は形の良い蒲萄を見つけてはそれを取る作業に夢中になっていた。
 同じく笛吹市の信玄餅で有名な桔梗屋工場に行く。暑い。工場見学とアイスクリームと、ちょっとしたお土産を買い、あとは帰路についた。自宅に到着したのは夕方6時頃。録画をしておいた海外ドラマや錦織圭のテニスを観てベッドに入ったのは24時近い。そういえば珍しくこの日は一滴の酒精も体内には入れていない。翌18日も同様。二日続けての酒精なしは極めて珍しい。

 娘の長男の台詞ではないけれど、Mチャン(私の娘)来年はどこ行くの、と聞けばそんな先のこと知らん。企画するのは大変なんだよ、だれか変わってほしいとも言うが、オレと家人は一切口を出さずに任せっきりにすることを良しとし、モットーにしている。息子が絡めば、北海道か沖縄になる可能性が高くなるかも。

2016年8月5日金曜日

新書一冊

 昨夜は友人たちと酒。ビールから始まって日本酒は控えて1杯だけ、ハイボールは多々。いつものように飲んでいるときは深酔いしていないと自覚するのであるが、翌朝になれば、前夜の深酒を少しは反省する。よく飲んでよく食べた翌日の今日はほぼ絶食とする-家人の誘惑がなければ完全な絶食であった。

 <菅野完 『日本会議の研究』(扶桑社新書、2016年)>:日本会議が出版差し止めを要求したことでも話題になった。あの扶桑社がこのような新書を出すことに意外性を覚えた。
 よく調査しているし、論拠の根拠も提示している。日本会議の歴史をワンセンテンスで言えば、「我々はまだ、長崎大学正門前のゲバルトの延長を、生きている」(293頁)のである。社青同を中心とした左翼学生が活動していた長崎大学で、生長の家信徒たちが正常化に成功し、その後日本会議へと続く(現在の生長の家は日本会議からは離れている)。そしてそこに群がる人、団体、地方議員に国会議員たち。
 今朝(8/5)の朝日新聞3面に「日本会議研究」が載っている。記事でのインフォグラフィックを良く見ると象徴的な内容が表されていることに気づく。それは①日本会議の会長の上に事務総長(椛島)があり、②国会議員懇談会会長(平沼)の上に特別顧問(阿部と麻生)が位置すること。中核が誰なのかが分かる。

 時々思うのだが、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」、「美しい日本の私」(川端康成)、などの「美しい」はどの言葉にかかっているのであろうか。美しいのは”日本”なのか、”日本の憲法”(”憲法”)なのか、”・・・国民”あるいは”・・・会”なのか、まぁ通常は美しい”日本”なのであろうが、そうではない「解釈」もできないことはない。何せ、憲法もいろいろと解釈できるようだから。川端の『美しい日本の私』にしても「美しい日本、の私」なのか「美しい、日本の私」なのか。大江健三郎の「あいまいな日本の私」の「あいまい」も“日本”なのか、“日本の私”なのか曖昧な気がするのだが、オレって読解力がないのか。英訳の“Japan, the beautiful, and myself ”や “Japan,the ambiguous,and myself ”の解釈には迷いようがない。

2016年8月3日水曜日

本を読んで、漫画を見て

 都知事選劇場が終演となり、舞台を変えて都議会劇場開演となる。石原慎太郎の厚化粧発言の横でエヘラエヘラしていた増田候補が翌日になって、日焼け防止で私も厚化粧との弁明には嗤えた。参議院選挙から都知事選までの連日の報道には辟易となる事も多かった。政治家が口を開いて何かしら喋ると虚しさを覚えることが多い。

 ここ数週間の読書と漫画。忘れまいと身近に置いてある未読の本がなかなか減らない。

 <阿部謹也 『「世間」とは何か』(講談社現代新書、1995年)>:以前友人と飲んでいたとき、位牌や仏壇の存在に関して否定的態度をとったら、その友人は意外にも「世間が許さないだろう」と簡潔な言葉を発し突き放してきた。そのとき、世間一般で言う「世間」をオレはよく理解していないことを自覚した。母親が世間=他人の目を意識し、親戚の評価に気配りをするとき、オレはいつも反感を抱いていたが言い合うのも面倒くさくて聞き流す、あるいは迎合した態度をとっていた。以前ほどではないが今でも他人から「世間」を意識させられることがある。
 戦後になって日本人は悪しき個人主義に洗脳され、美しき日本を忘れてしまった、なんていう人もいる。世間の中に溶け込み、個を出さないことが良き生き方であるかのように暮らしている人もいるし、また、逆に、世間を意識してそこからはみ出していることに人生の快感を得る人もいるようだ。出る杭は打たれるという。しかし、埋没してしまう杭は腐るだけという捉え方もある。埋められて腐るなら打たれても出ている方がいい。
 この本は、「世間」をどのように捉えたか、描写していたのかを万葉の歌、真宗(親鸞)、西鶴、漱石、荷風などから引く。結論的に言ってしまえば、「社会」や「個人」の言葉が出てきた明治以来、万葉時代から使われて長きわたって私達を拘束している「世間」の存在に私たちは感づいてはいるのだが、それを「対象化することが出来ず、そのために」漱石の「坊っちゃんに身を寄せて架空の世界の中で『世間』をやっつける楽しみを味わってきたのである」。分かりやすい。名著と呼ばれるに相応しい。

 <小林よしのり 『民主主義という病い』(幻冬舎、2016年)>:漫画。フランスでの食事の描写は全く邪魔でしかない。
 「選挙権も、被選挙権も、試験を受けて合格した者だけが獲得し、民主制に参加できるようにすべき」とする立場はオレも同じ。「エリートの『寡頭制』」と言ってしまえば角が立つが、少なくとも民主主義礼賛には違和感がある。小林が「あまりに多くの阿呆が国会議員になっていると思わんか?」と嘆くのは当たっているし、マスコミも萎縮しながら、且つバランスを取りながらその阿呆を非難しても何も本質的は変わらない。阿呆な国会議員がなぜ誕生してしまうのかを継続して取上げなければ意味がない。しかし、阿呆な国会議員が自らの阿呆さを正して法を変えることなどありえない。阿呆を正すに阿呆を選ばなければならぬという阿呆なシステム、それが今の民主主義。
 『日本書紀』に記述されていることを史実として捉え、「公民主義」を主張することには賛同しない。

 <浦沢直樹 『BILLY BAT⑲』(講談社、2016年)>:時は2017年。この物語、どのようにエンディングを迎えるのか、興味はそれに尽きる。

 <高野秀行 『未来国家ブータン』(集英社文庫、2016年)>:GNH(Gross National Happiness)と国王の来日で一時話題を集めたブータンは標高の高い山岳の地であると思い込んでいただけに、「標高200メートルの熱帯」地域があるとは意外だった。何年か前にテレビでブータンの映像が流れ、ゆったりとした時間が流れていると感じていた。
 ブータンは伝統文化と西欧文化をブレンドし、先進国のいいとこ取り&悪いところを回避しているという。発展も環境への取り組みにも「継続する」ことを前提に置いており、それを実現している。環境が大事、伝統が大事と先進国はいまになって気付いているが、ブータンは先取りしている。故に、ブータンは、先進国である我々に追いつくことのできない、「未来国家」であると捉えている。
 翻って、日本は明治期に西欧へ追いつこうとし、馴化し、いまになって明治への回帰を声高に叫ぶ一群がいる。明治の何に回帰しようとしているのか、問い続けねばなるない。明治20年を境にして日本の美は変質したと考える人もいるし、「美しい日本」と冠を付けたがる人々もいる。この国は一体どこにベクトルが向いているのだろう。・・・ブータンの「継続する」という姿勢がある種羨ましい。

 <高橋源一郎 『ぼくらの民主主義なんだぜ』(朝日新書、2015年)>:朝日新聞をとっているから「論壇時評」には目を通している。しかし、内容は忘れていることが多い。まとめて再読してみようと思い手に取った。以前から「民主主義」には懐疑的になっていて、最近はより度合いが強まっている。「民主主義」を積極的に否定するのではなく、「民主主義」を礼賛することに「でもさ~っ」という抵抗感があり、あるいは、「民主主義」という言葉で人々の言動を逆に束縛し、本質を見えなくしているんじゃないのっていう思いがある。日本は「民主主義」の国家と言うよりは、「民主制=多数決による取捨選択」の国家と理解するのが的を射ている。そして今の多数決による「民主制」に「民主主義」的運用は成されていないと考えている。

 <雨瀬シオリ 『ALL OUT 5』・『ALL OUT 6』・『ALL OUT 7』(講談社、2014年・2015年・2015年)>:登場人物の区別がつかないのは相変わらずだが、描かれるラグビーは以前より面白く感じられてきた。それはポジションの役割と求められる能力などが具体的に解説され、それに取り組む選手が直向に取り組んでいるからであろう。
 オレは高校時代にスポーツは全くせず、その頃の日記には下宿での勉強内容と時間、試験の成績や順位などを記入していたがことが多い。何かやり残したことがあるのではないかと今でも思うことがある。それは大学入学時、附属高校から大学に進学してきた連中は音楽や文学作品に詳しく、それを羨ましく思えたことと相通じている。大学でも会社でもスポーツに打ち込んだ人たちに羨望を抱いたのも事実。家人もテニスではそこそこのレベルにあって、少しばかり羨ましくもあった。スポーツは素晴らしい、但し、脳みそまで筋肉化させた人は除外。
 閑話休題、ラグビーだが、9月も近づきつつあり、今季の早稲田ラグビーはどうなるか? ため息混じりの観戦となるのか、歓喜で右腕をあげて隣の観客と握手をすることが多くなるのか・・・? 最初の試合は海老名だ。隣接する綾瀬市に住み、海老名の事業所に6年半ほど通っていた。かつての生活の場所を訪れながら成蹊大戦を観戦に行こうかな。

 <長岡弘樹 『赤い刻印』(双葉社、年)>:短編4作。表題作はまぁまぁという感じで、あとは以前ほどには楽しめなかった。伏線をちりばめるのに労多く、ストーリーにやや無理があると感じた。こっちの小説への読み方が変わってきたからかもしれない。