2026年2月21日土曜日

老人性イボ、『愚民文明の暴走』

 顔に出来ている数箇所の老人性イボ(脂漏性角化症)を無意識に引っ掻くことが最近増え、放っておくのも気になってしまい、すぐ近くにある皮フ科に行った。この医院に行くのは12年振り。その時は左手親指付け根部の異常だった。
 web予約をして待ち人数も確認できるし、歩いて5分もかからないのでタイミング良く受付ができ、すぐに診察に入り、液体窒素スプレーを患部に噴射。感じの良い女性医師と軽く雑談をして終わり。2週間後に再診。
 しかし確かに自分は老人の年齢であるが症状に「老人性」と冠がつけられることには抵抗を感じる。

 <呉智英・適菜收 『愚民文明の暴走』(詳伝社黄金文庫、2025年/初刊2014年加筆・修正)>: 9年前に読んでいたが、それを忘れて加筆・修正版の本書(文庫本)の頁を開いた。前と同じで理解出ていないところもあり(キリスト教とイスラム教)、また全面的に同意するわけではないが色々と刺戟になって勉強になる。
 以下、章立てを鉤括弧で示し、自分の思いを丸括弧で記す。「バカは民主主義が好き」(民主主義という用語を安易に口に出してそれを金科玉条のように語る輩は嫌い)、「キリスト教と宗教の本質」(ニーチェをは理解していない)、「吉本隆明という「共同幻想」」(いまさら吉本でもないし….)、「B層社会の反知性主義」(今の政治・文化等を眺むればやはりバカは踊らされてバカが身体化していると思う)、「「保守」とは何か?」(保守と右翼は別物なのに今の政治中枢を保守と呼称するのには抵抗大)、「民主主義か哲人政治か」(改行して下にメモする)。
 民主主義の具現化のように語られる現在の選挙制度には疑問を有しており、簡単に言えば普通選挙に疑義を抱いているのは数十年前からで、免許制にすればいいと思っている。これは何も呉智英さんからの影響ではない。小さな区域では籤引きかつ無報酬でいいとも思っている。地方の名士という人たちに碌でもない存在があることはテレビドラマの典型例であろう。多数決で安易に方向を決するのは多数決の暴力ではないかとは小学校の頃からの思いである。哲人・賢人のカリスマ性のあるリーダーがいつも求められている。そしてそれを国家として希求すればかつてのヒトラーのような存在が出現する。ガリレオ・ガリレイの「英雄のいない国が、不幸なのではない。英雄を必要とする国が、不幸なのだ」と同じような構造。

2026年2月5日木曜日

早稲田ラグビー新体制、木内さんの再刊本

 早稲田ラグビーの新体制が発表された。主将は予想通りに清水健伸、副将は池本と松沼。HO・No.8・WTBとバランスの取れた体制と思う。監督は太田尾さんが6年目に入る。コーチ陣は多少の入れ替えが今後発生すると思われる。
 清水と矢崎は6月からの日本代表候補にも選ばれており、彼らが代表としての活動で抜ける間は池本と松沼のリーダーシップに期待する。委員の一人に選ばれた新3年生の城は、気が早いが4年になるときの主将と思っている。

 <木内昇 『浮世女房洒落日記』(中央公論新社、2025年/初刊2008年)>:神田で小間物屋を営む27才のお葛、喧嘩っ早くて調子者の亭主辰三、手習所に通う息子辰吉と娘お延、住み込み奉公人で仕事ができる清さん。駄菓子屋の大家と癇癪持ちのその妻お佳、隣家(浮世絵売り)の富弥太と妻お甲と娘盛りのさえちゃん、裏店の住人でお調子者で憎めなくて働きの悪い六さんと源さん、大店の扇子屋の女房のお恒さんと放蕩息子。新婚の二人に、お葛が格好いいと思う鳶の半蔵さん。
 お葛さんの日記で江戸に暮らす人々の生活が活写され楽しめた。季節の移ろいの中で行事を楽しみ、美味いものに寄り集まり、互いに寄り添い、すぐに忘れる喧嘩をして、泣いて笑って、焦れてはやり過ごす。チャキチャキするあったかいお葛さんの日記に笑い、ほくそ笑み、しんみりとし、タイムスリップして江戸の庶民生活に入り込んでしまう。いい小説。木内さんの小説を読むといつもその描かれる世界にすーっと入り込み、穏やかな心地になる。
 2008年の初刊、その後文庫になり今回の再刊。テレビドラマでの江戸ブーム、木内さんの『北越雪譜』が大佛次郎賞を受賞したことなどから再刊になったのかと思った。江戸生活のガイドブックを手にするならば本書を読むのがいい。登場する人たちと一緒に江戸の空気を吸える。