2018年10月29日月曜日

掃除、泥酔、マンガ、小説、ブックレット

 夏の汚れやカビをキレイにしておこう、昔と違って体力・気力が低下して家の大掃除を一日ではできなくなっている、だからと早めの25日には風呂掃除。いつものようにパネルもなにもかも取り外し、外観上は見えない内部配管部分なども徹底的に清掃し、床のタイル部分も研摩に近い作業を施す。入れ込みすぎて約4時間半も要してしまった。終了後に風呂に入ればいつもよりは身も心もスッキリする気分となる。

 26日、梅島と西新井で飲み、電車を乗り越すこともなく帰宅したが玄関をあけたときはほぼ泥酔状態で記憶も斑模様。調子に乗って3件目で少々日本酒を飲んだのが反省と後悔の源であり、眼鏡も持ち主に呆れたのか無断で旅立ってしまった。何本かの眼鏡を都度使い回しているのでもしかしたら独占欲に駆られていじけてしまったのか、否、眼鏡を通して外を見るよりもまずは己の内面を観察せよ、その際には眼鏡は不要だろうと突き放してしまったのかもしれない。

 <斎藤貴男 『「明治礼賛」の正体』(岩波ブックレット、2018年)>:「明治に学べ」「明治に倣おう」と叫ぶ姿勢を支える一つには福沢諭吉の「一身独立して一国独立する」がある。その福澤の『學問のすゝめ』では「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり」とあり、一般的には「と云へり」が省かれて、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」はいかにも福澤の言葉とされているが、実はそうではない。時代を経て福澤の言葉を切り取って都合よく広めたのは「明治」を急ぎ創らねばならなかったことの裏返しでもあろう。
 福澤の「一身独立して一国独立する」の真の意味を本書では批判的に捉え、現首相が「福澤を持て囃す意図」は、「欧米列強の侵略が眼前の恐怖だった時代を生きた福澤の思想を、そのまま現代の日本に持ち込もうとする意図」(63頁)でもあると断じる。そして「歴史を学ぶ意義」を問う。持て囃される福澤の『學問のすゝめ』初編には「實語教に、人學ばざれば智なし、智なきものは愚人なりとあり。されば賢人と愚人との別は學ぶと學ばざるとに由て出來るものなり」とある。持て囃す側は、何を学んでいるのかを自問すべきではなかろうか。

 <オカヤイヅミ 『ものするひと 2』(KADOKAWA、2018年)>:ほんわか、ゆったり、言葉と文字がひらひらと舞う。

 <原泰久 『キングダム52』(集英社、2018年)>:主人公の信も、好きな羌瘣もほんの少ししか出てこない。あとは激しい戦いが続く。

 <藤島大 『北風 小説 早稲田大学ラグビー部』(集英社文庫、2018年)>:表紙にアカクロのジャージ(襟は白い)、背番号は2。主人公は福島県立積城高校出身、となればその高校名は安積高校と磐城高校から一字ずつとった高校名で、モデルは磐城高校だろうとすぐに思う。その主人公は高校でラグビーをし花園を逃し、受験勉強に明け暮れた浪人一年間を経て早稲田大学商学部に入学し、ラグビー部に入部してからは外勤の部員となる。狙うは3本目・2本目のスターティングメンバーに名を連ねること。
 年代は1980年前後と思しく、故に、主人公が福島県出身であり果敢にチャレンジする姿は、かつて雑誌で読んだことがあるドスさんこと渡辺某さん(現在は現在は二本松でホテル経営)を彷彿させる。ちなみに当時明治で活躍した河瀬選手は現早稲田1年生FB河瀬選手の父である。
 1年生時にはレベルの低さから入部を許可されず、2年になって再チャレンジした部員がいたことは知っているし、著者も同時期にラグビー部員であったから、著者の早稲田ラグビーへの思い入れが十分に詰まっているのであろう、とても楽しめた。もともと、藤島さんの文章は好きで(試合での解説も好きである)、その魅力はこの小説の中にも溢れている。

 今日、29日はキッチン周りの掃除。2時間半ほどで終えた。内部までキレイなものであるとは自画自賛。

2018年10月24日水曜日

オープンカレッジ、新書2冊

 20歳前後に早稲田大学の学生であったころ、周りにいたのはほぼ同年齢の-1歳や2歳年長の人もいたが-男ばかりであった。60歳で法政大学の通信教育に編入学し、年2回のスクーリングでは年齢の幅も広く、10代から70歳超の人たちがおり、綺麗な人もそうでない女性も多く見かけたり、若い人から声をかけられたりして大学のキャンパスの華やかさもあった。今秋は9月より獨協大学オープンカレッジの2講座に通っている。火曜日と土曜日の2回で11月下旬まで続く。
 選択している講座内容のせいであろう、50代から70代しかいないようである。圧倒的に60代後半から70代が大半のようで、若さに基づく華やかさは全くない。自分も69歳であるから華やかさの欠如には大きく関与している。大学のHPを見ても60代が最多で次に70代、50代と続き、女性が6割を超える。
 駅からは団地の風景、キャンパスの建築物、行き交う学生の雰囲気を観察して歩く。過去に体験しているキャンパスのイメージとはかなり違っていて、その違いがどこから発しているのかを思いながら歩くのが癖になっている。

 <鈴木貞美 『日本の文化ナショナリズム』(平凡社新書、2005年)>:ナショナリズムとは「ある民族や複数の民族が、その生活・生存の安全を守り、民族や民族間に共通する伝統・歴史・文化・言語・宗教などを保ち、発展させるために国民国家(nation-state)を形成し、国内にはその統一性を、外国に対してはその独立性を維持・教化することを目指す思想原理や政策、あるいは運動の総称」(28頁)。だから本来は国家の強権による秩序統制や国粋主義とイコールではない。ナショナリズムが戦前の国粋主義と直線的に結びついているために負のイメージで捉えらる傾向が一般的にはある。現在、健全なナショナリズムがねじ曲げられ、偏った主張が多くなってきているのは確かである。ナショナリズムの形成はジワジワと政治が変化していくなかで、人びとの生活と密接する文化・文芸により強く表れる。具体的には今の社会の動きを見ればわかる。
 時々の時代においておきた出来事などと絡めて日本の文化がどう変遷していたのかが概説されている。それは、目次からのタイトルを拾って書けば、「発明された歴史」の過程で「天皇制も発明された」のであって、国語とは何かが解説され、「日本文学」は「二重の発明」であり、「伝統の評価基準」が形成された。そして「大衆ナショナリズムの時代」を迎え、大東亜共栄圏の思想へと流れ、「戦後の文化ナショナリズム」へと繋がる。
 この新書、自分にとっては総花的で、なかなか頭を整理できないままに読んでしまった。

 <鴻上尚史 『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』(講談社現代新書、2017年)>:「死ぬのが怖いのか、この卑怯者」と発することの卑劣さは次の指摘が的を射ている。すなわち、「大衆の一人ひとりは卑小であり<死ぬのがこわい>人間の集まり。そこに死を出すのは一種のエリート意識にしかすぎない。死ぬか死なないかを判断の尺度にする価値観は最終的には存在の放棄=滅亡にしか繋がらない」(板坂剛『極説 三島由紀夫 ―切腹とフラメンコ』)。
 特攻隊を創って精神論で部下を死地に向かわせ、敵艦を攻撃するよりは死ぬことを目的化し、敗戦後は特攻で死んだ兵士の忠烈と勇気を讃え美化する。愚かとか呆れを通り越して滑稽でしかない「特攻で死ねという命令者」の命令。戦没者慰霊祭に顔を出し、死者(「英霊」という言葉は使いたくない)の勇敢さを讃え、自らを責任の枠外におくかつての命令者の言動は偽善であり、内省するという思考能力も欠けた無知・無恥者である。彼らが思う愛国とか大和魂とかは理解できるものではない。しかし、彼らに憤りを覚えそこで停止するよりも、夫が戦死した際に人には悲しみを見せずに涙を流し、「お国のために見事に散った」と言わざるを得ない状況を作り上げたこの国の形に深い疑問と憤り、あるいは諦めを覚える。いかなる場面でも「天皇」が語られるが、単に自己の無責任さをその言葉で蓋ってしまう人たちにはその人の怯懦な性癖を見る。その性癖が「集団我」(南博『日本的自我』)に繋がるのであろう。

2018年10月22日月曜日

泥酔懺悔

 <- 『泥酔懺悔』(ちくま文庫、2016年)>:12人の女性作家による酒にまつわるエッセイ。
 オレも酒は好きだし、いろいろと沢山の失敗はあるし、もちろん泥酔も思い出せないくらいある。しかし、”大学生になって、酒に酔って泣いて笑ってセックスをしまくって傷ついて、だからといって大人になるわけではない大学生活を送った”(瀧波ユカリ)わけではない。大体、金もないし、かといってアルバイトをしたくもないし、それに大学では周囲に女性がいなかった。
 ”急性アルコール中毒になり救急車で寮の修道院に運ばれ、結婚してから5歳の娘が威勢良くビールを飲み、みごとな足の運びの千鳥足の酔っ払い”(平松洋子)を経験したこともないし、”盛り上がって知らない酔っ払いのハゲ頭にマジックでお陽さま印を書く”(室井滋)こともなかった。
 自宅で”下半身裸のままにトイレの床にとぐろを巻いて横たわる”(三浦しをん)こともなかった。但し酒の強いオレに対抗して泥酔した同僚が居酒屋のトイレで便器に顔をのせて酩酊状態になっていたことはある。
 ”テーブルのしたで脚の指をつかって母のスカートめくり、娘にお酌をさせる”(大道珠貴)ような家族ではなかったし、酔っ払って”家で目が覚めたらジーンズがなくなっていた。はいていなかったのではない。クローゼットにも、家にもない”(角田光代)という摩訶不思議なことも経験していないし、まして人前でズボンを脱ぐとか尻を出すとかの性癖も持ち合わせていない。そういえば、勤めていたとき、酔うと尻を出したがる後輩がいた。いまも宴会ではパンツを下ろしてケツを出しているのだろうか。
 ”近くのホテルに侵入してきれいだからと上機嫌になって寝てしまう。カラオケ店でトイレに行ったらもとの部屋がわからなくなり受付前のソファで朝まで寝る。あたりに人のいないところまで行ってちょっとだけ路上で寝る”(藤野可織)なんてことは飲み友達にはいなかった。否、車道の中央にある進入禁止エリアで寝ることに大学時代はスリルと快感を覚えていたという同僚が一人いた。
 酒を飲み始めたのはいつだったか、高校3年の時には部屋にウィスキーがあった。煙草もあった。高校1年のときにクラスの友人の自宅に行ったら彼の母親がビールとグラスを3人分持ってきて一緒に飲もうと勧められたことがあった。もちろん飲んだが、お替わりをしたかどうか、注ぎ足してくれたのかどうかまでは覚えていない。

2018年10月21日日曜日

PCとのバトル

 新規PCを近場のマウスコンピューターで購入することに決め、店頭販売品とBTOの両者を対象にスペックと価格をいろいろと検討すること約2日、11日午前に春日部ダイレクトショップに行って15.6インチのノートPCを購入。メモリーは16GB、MS Officeは2019バージョンの発売を待つことにしてWPS Officeを代用として購入。WPS Officeは現在も一台のPCで使用していて細かい点を除外すればほぼ問題ないのであるが、MSより2019が発売されたら乗り換え是非を検討する。
 新規購入で現在自宅にあるPCはすべてノートの4機。(A)17.3インチ(windows7→10)、(B)15.6インチ(windows10)、(C)15.6インチ(windows7)、(D)Surface3(Windows8.1→10)。そして廃棄予定の古いPCは(E)Gateway FX(windows vista→7)。(A)から(C)はマウスコンピューター、(D)はマイクロソフト、何れも64bit機で(E)はゲートウェイ32bitでディスプレイ解像度は1920×1200と変則的、遅いことを除けば正常に稼働する。
 新規購入の(B)はそれまでサブとして使っていたものと同レベルにするためにソフトを入れるのに時間がかかった。ひどい目にあったのが(C)で、連れ合いが使用する仕様にするために不要なソフトを削除したりとそこまでは問題なく進んだが、彼女の部屋において立ち上げたらエラーが出てリブートを繰り返す。拙い知識でネットで調べたりするが分からず、結局はwindows7をクリーン・インストールすることにした。このマシン、購入から4年間いじりまくってしまい、windows7→10→7と変遷し、修復も何度もやっている。結局クリーン・インストールはうまくいったのであるがアップデートや、ドライバーのインストール、MS Officeの再インスト-ルやら環境整備に長時間を要し、全機の環境設定が終了するまで述べ4~5日もかかってしまった。
 今は(A)機を今まで通りにメインとして使い、サブには新規マシンの(B)機、(C)機は自分のサブ機から連れ合いの部屋に引っ越しし、(D)は以前と変わらずにリビングでの使用やベッドでの使用、外出時必要に応じての持ち出し。軽~いユーザーである連れ合いが使うには(C)機はオーバースペックで、SSD/120GB+HDD/1TB、GEFORCEグラフィックスはホントに贅沢な(不相応な)マシンではある。

 これでPC環境再設定が終わったと思ったら、なんと期待していた新規(B)機にてWALKMAN (NW-WM1A)が認識されない。以前より(D)Surface3でしか認識しなかったが、まさか最新機で認識しないのにはがっくり。ネットでいろいろ調べてできることはすべてやったがダメだった。いま家の中にあるPCで認識してくれるのは(C)機(D)機、そして廃棄予定(E)機。(A)と(B)にはほぼ同じソフトを入れているので、何かのソフトと競合しているのかもしれない。いろいろと足掻いたが改善されず、もう諦めた。音楽ファイルは新規に格納することもあるし、ファイル名やタグのミスを修正することもあり、その都度WALKMANやHDDプレイヤーをPCにつないで手動で同期させている。認識してくれるPCがあるから実質的には問題はないが、そもそも本来認識すべきであることができないという現象が気にくわない。でも、もうしようがないとギブアップ。諦めるとは放り投げることではなく、多くを知ったうえで、詳らかにし、真相を明らかにすることであるが、その境地には達しなくとも、出来るだけのことはして-2日間をかけて-現況を明らかにしたのだからと自分を納得させた。他にもやりたいことが沢山あるし。

2018年10月10日水曜日

戦後史を語る一冊の新書

 <安田浩一 『「右翼」の戦後史』(講談社現代新書、2018年)>:近代右翼を玄洋社のころから概説した後、戦後の右翼の変遷を記述する。それは、大まかには、戦前右翼との相違、共産主義台頭への恐れとそれに並行する政界・暴力との結びつき、新右翼の誕生、日本会議に繋がる宗教右派との融合、最近は下火になっているネット右翼への流れである。過去に知ったいろいろな右翼人たちの名前が妙に懐かしく感じられる。
 右翼を次のように分類している。すなわち、戦前からの流れを踏む伝統右翼、行動(皇道)右翼、一水会に代表される新右翼、日本会議などに繋がる宗教右派、任侠右翼、在特会などのネット右翼。そこに共通するのは「天皇」、「国体護持」であろうし、その場に立つ人の思いや生き方は否定はしない。ただ自分にとってはストンと入ってこないだけで、右翼と称する人の一部の主張には同感するところもある。そして思うのは、敗戦後にあの戦争に対してきちんと向かい合うことをしなかった、できなかった、この国の流され方やリーダー層の無責任性。「愛国」といいながら日米地位協定を受け容れていること、同じく防衛を外国軍備に依存している事実を是としていること、左翼や隣国を対語にすることで愛国を語ること、政治権力を丸呑みして代弁し拡声すること、等々には肯けるはずもない。
 年齢に数年の開きはあるが、年に2回ほどグループで飲食を共にする知人がいる。あるとき、彼が、日本のマスコミは中国人に乗っ取られている、漢字一文字の苗字の日本人マスコミ従事者を韓国人と断定する、朝日新聞や沖縄の新聞を悪口する。温厚と思っていた彼の、知識を披瀝するような口ぶりときつくなる表情に驚いたことがある。その浅薄な”知識”はYouTubeなどから得ているようであり、要は自分の感情に素直に溶け込んでくるフェイクニュースを何の疑いもなく真実とすることに半ば呆れてしまった。世の中の事実とされていることを疑い、その上で自己主張を行うということが大事と思うのであるが、疑うことの姿勢が決定的に欠けており、自己主張も主張ではなく感情の吐露としか思えなかった。反論しても議論にはなりようもない。
 敗戦後の処理に対し、日本とドイツを比較してみたいのだが-特に日本国憲法とドイツ連邦共和国基本法の成立過程-、概説する良テキストをまだみつけていない。

2018年10月9日火曜日

ラグビー、PC

 6日の対抗戦ラグビー、早稲田は足利で青学戦。この日もPCをテレビにHDMI結線してのオンデマンド観戦。昨年訪れた足利陸上競技場の映像が流れ、、渡良瀬川に架かる橋や寺、ぶらぶらと歩いた街並み、足利学校などを思い出した。ついでに古印最中を購入しなかったことに連れ合いから軽い不満があったことも。
 帝京の青学戦は141-7のスコアなので、それに比べて果して早稲田の得失点はどうなるか、また前試合で気になったペナルティやハンドリングミスは修正されているのか、観戦ポイントはそこにある。メンバーはまだ確定せずにいろいろと試している状態で、SH斎藤・SO岸岡・CTB中野・No8丸尾あたりは固定で、あとは都度入れ替えられた布陣。今の時期はどこの大学も同じ状況下にある。
 キックオフからの入りは青学がボールを支配しPGによる先制得点のチャンスを得るも失敗。10分過ぎてから早稲田がやっとトライをし、そこからはノーサイドまでほぼ早稲田が支配し、終わってみれば123-0。早稲田のペナルティは5でハンドリングミスは4。青学の弱いプレッシャー、遅いディフェンスのせいもあろうが修正はされているのであろう。課題は相手のレベルが高くなってきたときにどうなるかということ。零封は良かった。123点という得点も満足。不満は入りのもたつき。また、青学はこれほど弱かったっけという思いがあり、このままでは恐らく昨年に続き入れ替え戦に臨むことになる可能性大である。
 個々の選手では斎藤・中野はいうことなしだが岸岡の単純な相手側へのキックは疑問をもつ。あと1年生のPR小林(途中で退いたがマン・オブ・ザ・マッチ)、同じく1年生のFB河瀬、CTB伊藤、途中から入ったHO宮里たちの動きが良かった。桑山兄のプレースキックは安定性に欠ける-斎藤の素晴らしさが尚更に光る。
 明治・慶応の得点が予想よりも伸びず、そこそこの失点も意外で、これはまだまだチームを作り上げているからなのであろう。リーグ戦グループの法政には是非とも3位以内にないってもらいたい(専修に負けたのがイタイ)。

 連れ合いが使用しているPC1台を廃棄し、自分が常時使用している3台を玉突きで入れ替えし、新品1台の追加購入を図っている。多少の不具合があるグレードアップWindows10への対応のために純正Windows10機を具える意味もある。BTOでの購入前提のために久しぶりにスペック検討に入り、それに時間を要していて他のことに手が回らず、内心少々落ち着かない状況。一両日中には結論を出し、近くにあるマウス・コンピューター店舗に足を運ぶ予定。

2018年10月6日土曜日

八丈島と今日

 東京都の島には過去3度訪れた。最初は高校在京同窓会で10年前だったか大島に往き、まだランニングにはまっていた時でTYと朝のジョニングコースを走ったことを思い出す。月日をおいて昨年は再びの大島、そして新島・式根島・神津島を訪れた。連れ合い共々に記憶に残っているのは式根島での金目鯛、これはホントに美味しかった(そのときの反語のように出るのは房総で食した大して美味しくないのに高かった同じ金目鯛)。小笠原は2012年に家族で行っているし、残っているのは八丈島(三宅島・御蔵島は候補除外でゴメン)で、先月26日~28日に例の如くパックツアーで行って来た。一つのホテルに連泊なので楽だった。しかし、最近はついていないのか雨の旅行が多く、羽田を出るときは遅延して飛び立ち、2日間は殆ど雨模様。前回の北海道といい最近は天候に恵まれていない。そして八丈島の観光は気持ちが昂ることはない。ただ大坂トンネル入口の絶景ポイントから眺めた八丈富士は素晴らしかった。
 ホテルは食事も普通の観光メニューといったところだが、焼酎は期待通りに美味かった。二日間でそこそこ飲んだのであるがどれも美味かった。そして、レストランでのフィリッピン出身の女性が美人で夫と共々酒好きで、言葉が丁寧でとても好感を抱いた。彼女に一時代前の良き日本人の言葉遣い、振る舞い、笑顔、屈託の無さ、日常から出る素直さ等々を感じた。
 最終日は天候も良く、風もなく、前日とはうってかわって飛行機も飛んで、現地ガイドさんも若い魅力的な人に変わり、楽しい一日だった。

 今は午前1時過ぎ、酔っている。今日は昼から酔っていて、飲んだのはビール、焼酎、久しぶりに自作カクテル(ベルモットやホワイトラム、テキーラ、ウォッカ、ウィスキー)を飲み続け、これまた久しぶりに字幕の洋画アクションDVDを眺め、時々居眠りをし、大好きな大坂なおみさんの速報を確認しながら過ごした、そして25時を過ぎた今はウィスキーをなめている。

 明日は獨協大学の二つ目の講座受講、そろそろ眠らねばならない。もうすぐ70歳になる身としてはこんな一日を過ごしていいもんだろうかと思いながらいるが、否定する気持ちにはならない。

2018年10月4日木曜日

長距離列車移動の本

 <下川裕治 『鉄道2万7千キロ 世界の超長距離列車を乗りつぶす』(新潮文庫、2018年)>:下川さんとカメラマンの二人が長距離列車に乗り込んで始発駅から最終到着駅まで乗り続ける。3日から7日もただただ列車に乗り続ける。インドでの社内環境は最悪で定員72名の車両に200人以上がひしめき、まともな姿勢で眠ることも許されない。中国では広州からラサに向かい、ロシアはシベリア鉄道、カナダはバンクーバーからトロントへの大陸横断、アメリカではシカゴからLAまでの迂回路。どれも運行距離/運行時間は想像を絶する。上野から札幌とか、あるいは東京から博多なんて比べるにも値しない。
 9年前の12月、初めて北海道に旅行をし、そのときに乗った寝台特急カシオペアが自分のなかでは一番長い時間を過ごした列車であり、もちろん個室で食事も運ばれてくるし、ベッドもある。それでも夕方に大宮から乗車し、約17時間後に札幌に到着したときは飽きていたし、もう一度乗りたいとも思わなかった。それを思うと本書での列車移動は低グレードの車両で、食事は自分で持ち込み、ベッドもないなんてどれだけ苦痛となるのか想像すらできない。経験もしたくない。異国での長距離列車にロマンチックな思いすら湧き出てこない。
 本書は旅行の本ではなく移動と車内観察記といった内容であり、以前何冊か読んだ下川さんのアジア旅行記にはアジアの濃い空気を感じさせられたが、今回の列車移動の本は内容が淡淡としていて少し物足りなさを感じた。