2026年3月9日月曜日

転倒、眼科クリニック、PC故障・・

 2月26日、2ヶ月ぶりに北千住で昼飲みをする。夕方に春日部駅からの帰途、転倒して左顔面を強打。と、簡単に記したがホントは帰宅までかなりのドラマがあった。しかし恥をさらすことになるので書かないでおく。
 翌日、眼の異常がないか近くの眼科クリニックに行く。一通りの検査をして異常なきことが確認された。が、帰宅後に左目に霞視・複視を自覚する。鼻血も出た。翌朝にはそれらの症状はなくなっていたが気になるので再度眼科クリニックに行く。網膜などを再検査して再び異常なきことが確認された。尢も、霞視・複視を覚える原因は左眼を冷やす差異に圧迫していたことであろうと察しがついていた。
 酷い痣を人目に晒したくないので27日からは外出時はサングラスをかけた。また、桂枝茯苓丸の服用を始める。眼鏡をかけていなければこんなに酷い状態にはならなかったと思うが、今更どうしようもない。

 悪いことは重なるもので、あるいは泣きっ面に蜂とでも言うのか、27日サブマシンとして1Fで使用しているノートPCのヒンジが破損してしてしまい、修復を試みるもディスプレーの表示異常となり、諦めた。以前には右側のヒンジが故障し、今度は左側の故障。構造設計の欠陥と断定する。要は開閉時に応力がかかる部位の構造と強度設計がなっていない。
 翌日は新しいノートPCの選定検討と同時に、壊れたPCの破壊と部品取り(SSDとRAM)。ネットで新ノートPCの候補を幾つか選択し、結局は車で行けて即日購入できるマウスコンピューターと決める。2Fで使用しているメインのノートPCもマウスであり、マウスはこれで何台目になるであろうか。因に今回と以前にも故障した某メーカー2社のPCは絶対に新規購入しないと心に留めている。
 3月に入った日曜日1日にマウスコンピュータに行き、たまたま値引きがあったので当初予算よりも安く購入できた。そしてこの日よりほぼ4日間は新PCのセッティングと相成った。システムのセッティングは非常に簡単で容易に終わったが、以前と同じアプリケーションのインストールとセッティングに随分と時間を要した。PCにかかりっきりになった訳ではないのでこの日数は仕様がない。何時ものことではある。それにインストールが上手くいかないアプリもあり、それに変わるものを捜して新しい知識が増えたりもするので、それに没頭することもあった。

 読書が一向に進まないのに未読だった飯嶋和一さんの本2冊も購入し、積ん読がまた増えた。

 6日、今度は連れ合いに付き添ってまたもや眼科クリニック。

 <早坂吝 『しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人』(光文社文庫、2025年)>:好みではない。ウルトラ技巧ゲーム化したミステリー、最後は惰性で読了とした。それだけ。つまらなかった。

2026年2月21日土曜日

老人性イボ、『愚民文明の暴走』

 顔に出来ている数箇所の老人性イボ(脂漏性角化症)を無意識に引っ掻くことが最近増え、放っておくのも気になってしまい、すぐ近くにある皮フ科に行った。この医院に行くのは12年振り。その時は左手親指付け根部の異常だった。
 web予約をして待ち人数も確認できるし、歩いて5分もかからないのでタイミング良く受付ができ、すぐに診察に入り、液体窒素スプレーを患部に噴射。感じの良い女性医師と軽く雑談をして終わり。2週間後に再診。
 しかし確かに自分は老人の年齢であるが症状に「老人性」と冠がつけられることには抵抗を感じる。

 <呉智英・適菜收 『愚民文明の暴走』(詳伝社黄金文庫、2025年/初刊2014年加筆・修正)>: 9年前に読んでいたが、それを忘れて加筆・修正版の本書(文庫本)の頁を開いた。前と同じで理解出ていないところもあり(キリスト教とイスラム教)、また全面的に同意するわけではないが色々と刺戟になって勉強になる。
 以下、章立てを鉤括弧で示し、自分の思いを丸括弧で記す。「バカは民主主義が好き」(民主主義という用語を安易に口に出してそれを金科玉条のように語る輩は嫌い)、「キリスト教と宗教の本質」(ニーチェをは理解していない)、「吉本隆明という「共同幻想」」(いまさら吉本でもないし….)、「B層社会の反知性主義」(今の政治・文化等を眺むればやはりバカは踊らされてバカが身体化していると思う)、「「保守」とは何か?」(保守と右翼は別物なのに今の政治中枢を保守と呼称するのには抵抗大)、「民主主義か哲人政治か」(改行して下にメモする)。
 民主主義の具現化のように語られる現在の選挙制度には疑問を有しており、簡単に言えば普通選挙に疑義を抱いているのは数十年前からで、免許制にすればいいと思っている。これは何も呉智英さんからの影響ではない。小さな区域では籤引きかつ無報酬でいいとも思っている。地方の名士という人たちに碌でもない存在があることはテレビドラマの典型例であろう。多数決で安易に方向を決するのは多数決の暴力ではないかとは小学校の頃からの思いである。哲人・賢人のカリスマ性のあるリーダーがいつも求められている。そしてそれを国家として希求すればかつてのヒトラーのような存在が出現する。ガリレオ・ガリレイの「英雄のいない国が、不幸なのではない。英雄を必要とする国が、不幸なのだ」と同じような構造。

2026年2月5日木曜日

早稲田ラグビー新体制、木内さんの再刊本

 早稲田ラグビーの新体制が発表された。主将は予想通りに清水健伸、副将は池本と松沼。HO・No.8・WTBとバランスの取れた体制と思う。監督は太田尾さんが6年目に入る。コーチ陣は多少の入れ替えが今後発生すると思われる。
 清水と矢崎は6月からの日本代表候補にも選ばれており、彼らが代表としての活動で抜ける間は池本と松沼のリーダーシップに期待する。委員の一人に選ばれた新3年生の城は、気が早いが4年になるときの主将と思っている。

 <木内昇 『浮世女房洒落日記』(中央公論新社、2025年/初刊2008年)>:神田で小間物屋を営む27才のお葛、喧嘩っ早くて調子者の亭主辰三、手習所に通う息子辰吉と娘お延、住み込み奉公人で仕事ができる清さん。駄菓子屋の大家と癇癪持ちのその妻お佳、隣家(浮世絵売り)の富弥太と妻お甲と娘盛りのさえちゃん、裏店の住人でお調子者で憎めなくて働きの悪い六さんと源さん、大店の扇子屋の女房のお恒さんと放蕩息子。新婚の二人に、お葛が格好いいと思う鳶の半蔵さん。
 お葛さんの日記で江戸に暮らす人々の生活が活写され楽しめた。季節の移ろいの中で行事を楽しみ、美味いものに寄り集まり、互いに寄り添い、すぐに忘れる喧嘩をして、泣いて笑って、焦れてはやり過ごす。チャキチャキするあったかいお葛さんの日記に笑い、ほくそ笑み、しんみりとし、タイムスリップして江戸の庶民生活に入り込んでしまう。いい小説。木内さんの小説を読むといつもその描かれる世界にすーっと入り込み、穏やかな心地になる。
 2008年の初刊、その後文庫になり今回の再刊。テレビドラマでの江戸ブーム、木内さんの『北越雪譜』が大佛次郎賞を受賞したことなどから再刊になったのかと思った。江戸生活のガイドブックを手にするならば本書を読むのがいい。登場する人たちと一緒に江戸の空気を吸える。

2026年1月30日金曜日

雑記と軽い時代小説

 軽い時代小説を読み終えた。内容は軽くて、そして気持ちを軽くしてくれる。

 大好きな乙川優三郎さんの小説をここ数年読んでいないことに気がついて、3冊まとめて発注した。読んでいない本が加速的に積ん読状態になっているが、えぃ、ままよ、とマウスと左ボタンをクリックした。

 2025年度朝日賞受賞者4人の方の写真とメッセージが新聞に掲載されていた。全員が1950年代の生まれなのに全ての方が自分より老けて見える。自分は実年齢より若く見える筈という無自覚・自惚の所為なのであろう。

 上記の記事(2026.1.30『朝日新聞』)で吉田裕さんが「1世紀近い歳月が流れているにもかかわらず、戦争の検証、総括が不十分です。政府は長い間、日中戦争以降、敗戦までの全戦没者数を310万人としてきました。根拠は不明です。しかし最新の推定では、軍民合わせて376万人です」と述べられている。改めて過去の記事を読み直した。詳細は以下。https://digital.asahi.com/articles/ASTCJ2QT6TCJUTFL00DM.html

 <千野隆司 『鉞ばばあと孫娘貸金始末 取り立て伊勢参り』(集英社文庫、2026年)>:1年前に「このシリーズは無論、この作家の小説はもう読まない」とメモしていたのにシリーズ4冊目を購入して読んだ。今回はいつものメンバーで伊勢参りに向かい、途中で幾つかの事件に巡り合わせて解決すると言った形をとる。ティピカルな人物設定と予定調和的なエピソードの展開。軽ーい小説だからその分ぼけーっとした頭を尚更に軽ーくしてくれる。

2026年1月27日火曜日

ふと思ったこと

 上野動物園から珍獣が中国に渡るとのニュースが何度もテレビに流れている。別れに涙を流す人もいれば、中国に行って到着を待つ人もいるらしい。その気持ちというか感情がよく分からない。
 
  選挙戦が始まった。「政治的人間のエートスとは思想と感情が合体した精神」と断じているが、「政治的人間とは感情の中に思想というスパイスを一寸だけ振りかけて自己陶酔する人」と改めてもいる。そして多勢の珍獣がお披露目する舞台が選挙って言ったら怒られるかな?

 <エラ・フランシス・サンダース 『翻訳できない世界のことば』(創元社、2016年)>:読んでいてその「翻訳できない」ことばの情景を頭に浮かべ、その中にちょっとした物語を描いてみる。
 英米語の言葉がないのは何故なんだろう。
 夏目漱石が「I Love You」を「月が綺麗ですね」と言ったという不確かな話を思った。もしかしたら、「I Love You」を上手く翻訳できない人が漱石にこじつけたのかも知れない。そして、もしかしたら「I Love You」を真の意味で日本語には翻訳できないのかもしれない。だから、「愛してる」と発する日本語での会話にはどこかしらむず痒い、照れくさい、面と向かって口にしない(できない)のかもしれない。

ミステリー・牧之・壇蜜

 <伏尾美紀 『百年の時効』(幻冬舎、2025年)>:江戸川乱歩賞受賞作『北緯43度のコールドケース』以来に読んだ著者2冊目となるミステリー。『このミス』4位、『週刊文春ミス10』5位で、以前読んだ冒頭の小節と同等に警察内部を舞台としている。
 昭和25年函館での一家殺人事件、昭和49年の佃島一家惨殺事件、令和6年のかつての相場師の死体発見。昭和-平成-令和に跨がって事件を追及する鎌田・湯浅・草加・藤森の刑事たちが事件の連続性を追求する。途中途中に挟まれる世相や現実の事件に触れると、この小節は自分の同時代史的な感覚が滲み出てくる。
 約550頁の長編であり一気読みすること出来ず、時間的な余裕もない中で何日間に分けて読み続け、退えている記憶力もあって何度か頁を捲り直しては登場人物の描写を振り返ることとなった。
 満州、養護施設、親子の葛藤と思慕、ヤクザと銀行、病、DNA鑑定、、、、満州建国から現在までの社会世相を縦断し、個性的で魅力ある刑事たちと相俟って、作者の構成構築力や筆力に感服した。ただ最後に暴かれる佃島の事件における犯人の母への思慕は、こじつけっぽくもあり、無理を感じてしまった。そして復讐という強い動機、銀行内部組織、養護施設経営にもどこか無理を覚えてしまうのは自分の性格も背景にあるのだろう。都合よく証言する人たちのあっけらかんさにも作りの都合良さを思ってしまった。更に刑事たちを含む登場人物たちの内面描写が薄いと捉えた。なれど、楽しめた。

 <清野とおる 『「壇蜜」②』(講談社、2026年)>:2冊目の「壇蜜」。刊行前に予約して購入。飽きの来ない面白さ。壇蜜さんの不思議だけれど愛すべきキャラクター。清野さんの優しさと人への柔らかいまなざし。

 <木内昇 『雪夢往来』(新潮社、2024年)>:小説を読む楽しみが詰っている秀作。
 『北越雪譜』出版までの鈴木牧之を主軸に据え、牧之と曲亭馬琴、山東京伝・山東京山・山東京水の人物が活写される。馬琴の嫌みな性格、馬琴の癇癖な息子宗伯、甲斐甲斐しく馬琴に接する宗伯の嫁路、おおらかな京伝、兄の名声と己の能力の間で自分を見つめ続ける京山、京伝の放蕩、挿絵を担う京山の息子京水。牧之の何人かの妻たちとの関わり、牧之の友人たち。
 雪深い塩沢(南魚沼)の豪雪とその暮らしぶりを知らない江戸の人たちに向けた牧之の思いと馬琴や京伝・京山たち、およびビジネスで取り組む書肆経営者。木内さんの小説を初めて読んだ『櫛挽道守』で味わった小説の楽しみをここでも味わった。
 牧之が名付けた「鶴齢」を買ってきて今も豪雪の南魚沼の情景に浸ってみようか。

2026年1月18日日曜日

雑記

 Grateful Deadの創立メンバーの一人が亡くなった。78歳。随分前になるが、彼らの代表曲であるUncle John's Bandが好きになり、1枚のアルバムを持っている。同年代の人がいなくなるのは自分の近況を客観的に知らされるようであり、寂しさを交えたやるせなさを覚える。

 キッチン鋏の刃を洗おうとして右手人差し指の先っぽを切ってしまう。第一関節付近に輪ゴムを回して止血をし絆創膏を幾重に貼る。2日経ってやっと絆創膏を取り外し、その後は液体絆創膏で傷を塞ぐ。この間EWIの練習はできず、一方ではサボる理由にもして比較的まとまった読書の時間に充てた。

 風呂に入っていてドア下部の黒カビが気になり、二日後に徹底して浴室をクリーンアップする。3時間近くの作業。自画自賛するほどに綺麗になった。濡れた服を脱ぎ風呂に入ってドア付近をはじめとして浴室内全体を眺めれば、明るくなった気がして満足する。行動するまではグズグズとしているがやり始めると徹底するのは、掃除に限らず全てのことについて当て嵌まる自分の性格であり、家人もまた始ったのかと笑っている。
 家の中の掃除や修復で残すのは珪藻土の壁のハガレの補修。道具や材料は数ヶ月前から揃えているが、いざ始めれば一日で終わらないことは分かっていることでもあり仲々取りかかれ(ら)ないでいる。