翌日は痛みが酷くなり、夜中になってからは自室の椅子に腰を下ろすのにもかなり痛く、階段の上り下り-特に下りる時には痛みを強く感じる。ベッドに入っているときは安静状態になるので、朝起きたときは痛みがなくなっていた。しかし、やはり階段で痛みを感じ始める。
消炎シップを膝に貼り、昔使用したことがあるZAMSTのサポーターを装着する。そうすると楽にはなる。そういう状態が今日6日まで続いている。随分と良くなったが少し違和感もあるのでまだ暫くはウォーキングマシンに乗るのは止め、サポーターは装着し続けよう。
ASHIDAVOX ST-31のヘッドホンを改造し、3.5mmシングルエンドのプラグを4.4mmバランスプラグに変更した。結果的には改造は上手くいったが、数ミリの細いところへの半田付けに苦労した。1時間も要せずに終わると思っていたが2時間強の時間を費やしてしまった。極間ショートの有無を確認してはいるが、最初の音出しではちょいとビビった。結果OKで、音質はグレードアップした(ような気がする)。
<飯嶋和一 『虚空蔵の峯』(小学館、2026年)>:徳川家重・田沼意次の宝暦年間に生じた郡上農民の駕籠訴から物語は始る。公事宿主人/半七を中心として郡上における悪政・弾圧、農民の苦しみと農民の真摯な人柄、幕府法廷での奉行による審理の不誠実さが浮かび上がる。
郡上一揆はwikipediaに概述されており、この小説の背景の理解を助けてくれる。
時代は異なるけれど江馬修の『山の民』を思い出し、そしていつの時代も変わらない中央政治権力の事なかれ、組織筆頭に立つ人間と私利私欲にまみれる取り巻きたち、権力・権威を利用し我欲を満たそうとする愚か者たち等々、現代の政治屋などがチラチラと頭に浮かんだ。誠実に社会の中で生きている人たちに対して何故にこうも言葉を弄ぶ人が多いのかと憤りを覚える。自分の頭で考えず、どこかで身につけた上辺だけの言葉、話の筋の本質を掴めずに自己保身に向かう人たち。何度も何度も類似体験したことではあるが、今となっては諦観の域に入ることを人生目標とするしかないのであろうか。
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