2023年7月21日金曜日

心地よい一時、『木挽町のあだ討ち』

 50分ほどのウォーキングをして、自宅へ向かう最後の横断歩道を渡ろうと歩行者信号のボタンを押そうとしたところ、反対側にいる女子中学生が先に押し、こちらと眼を合わしたとき彼女が軽く会釈をしてくれた。ありがとうと少し大きな声をかけたら再び会釈をしてくれた。信号が変わるのを待った。彼女の服装から見て近くの中学校、つまり孫娘と同じ中学校に通っている子である。学年は分からない。
 信号が青になり、互いに向き合って横断歩道を渡りその中学生と交差するときに彼女はまたも優しい柔らかな表情で頭を下げ、通り過ぎていった。心地よい一時だった。

 <永井紗耶子 『木挽町のあだ討ち』(新潮社、2023年)>:一人称で語られる「あだ討ち」を核として、武士・庶民・芝居小屋を舞台とした人情話・ミステリー。傑作、楽しんだ。
 「あだ討ち」の「あだ」が平仮名で書かれている意味が終章になって明かされる。それまでは「仇討ち」としての物語である。
 以下、本来はネタバレにもなる内容を書くべきではないが、後に記憶を解すために、そしてこのブログを訪れる人も尠いのでメモとして記しておこう。
 第一章 芝井茶屋の場:吉原の女郎(花魁ではない)の子として生まれた、森田座の木戸芸者一八はある武士(18歳)に2年前の「木挽町の仇討ち」物語を語り始める。仇討ちする武士は伊納清左衛門と一子菊之助。齢は15~16歳。仇討ちの相手は作兵衛。仇討ちは衆目の中で行われ、菊之助は首級をとり無事本懐を遂げる。
 第二章 稽古場の場:御徒士の三男坊で芝居小屋の立師を生業とする与三郎。菊之助に剣を指南する。
 第三章 衣装部屋の場:衣装部屋で裁縫をする二代目芳澤ほたるは天明の浅間山噴火で母親と一緒に江戸に来て、やがて孤児となり隠坊に育てられた。菊之助の仇討ち時の赤い衣装を仕立てる。
 第四章 長屋の場:江戸に来のはいいが寝るところがない菊之助は、ここまで登場した語り手の世話もあって無口の久蔵とその妻お喋りのお与根の世話になる。久蔵は腕の立つ小道具を作っている。
 第五章 枡席の場:籏本の次男坊で放蕩生活にあった野々山は自分の生きる先に悩み、許嫁お妙との婚姻(婿入り)を断り、武士を棄て篠田金治と戯作者となる。お妙は実直な武士に嫁いで夫の国に向かった。20年ぶりにお妙から野々山の家に文が届き、菊之助のことが書いてある。菊之助はお妙の子であった。
 終章 国元屋敷の場:「木挽町の仇討ち」を聞き回っていたのは江戸番となった総一郎で。菊之助の友であり、彼の許嫁お美千の兄。ここで仇討ちの全貌が語られる。「あだ討ち」は「仇討ち」で「徒討ち」であり、鮮やかに物語は了となる。
 構成、語り、人情、陰謀とその解明、謎とき、・・・とても楽しめた。帯に書かれた「作者の巧緻充実」(縄田一男)、「ミステリ仕立ての趣向に芝居町の矜持」(中島かずき)を十分に味わえた。

 上記を書いてからネットでニュースを見たら芥川賞と直木賞受賞の報が流されていた。『木挽町のあだ討ち』が直木賞を受賞となっていた。前回の『しろがねの葉』でもそうだったが、楽しんで読めた小説が受賞となって単純に嬉しい。

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