2026年1月12日月曜日

2年連続準優勝

 ラグビー大学選手権は明治に完敗。対抗戦に続いて負けたのは屈辱でもあろう。矢崎のシンビンは厳しい判定と思い、その後で服部が空中でタックルされたプレイがペナルティにとどまったのは意外だった。判定の差異に違和感を覚える。前者はTMOで後者はレフェリー判断でその差異があるのではないかとも思ったが、是非は分からない。
 ハイパント多用に試合運びの拙さを感じた。リードされ、ハイパントを何度もキャッチされ、セットプレイでは劣勢であってもハイパントを繰り返し、ラックからの球出しも遅いし、帝京戦との違いが露だった。キックではなく矢﨑やWTB田中やCTBを走らせ左右の展開をすべきではないのかと何度も思った。明治に3トライ目を取られた時点で観戦をやめた。追いつける気が全くしなかった。
 帝京戦がとても上手く運んだのでその延長線上で戦おうとし、全体的に気の緩みというか、勝てる期待感が先走ったのではなかろうか。矢﨑や服部のハイパントを責めるのではなく監督・コーチ陣の戦略ミス、あるいは途中での切替判断ミスという思いがある。2年連続の準優勝。
 勝手な思いではあるが監督をはじめとして体制の刷新となるのではなかろうか。次期監督は誰か、次期主将は誰かという気持ちが出てきた。監督については交替可否も含めて分からないが、次期主将は清水健伸?松沼?
 期待を込めて来季も早稲田は強い筈。理由は今季の主要スタメンから脱ける4年は5人(野中・福島・栗田・田中・糸瀬)で、リザーブを含めると8人。野中と福島が脱けるCTBには誰がポジショニングされるのか、課題の一つであろう。池本がWTBからCTBにまわるような気もするが。
 2026年度新入部の情報は少なく、まだ3人しか分かっていない。

2026年1月5日月曜日

元旦から5日まで

 元旦恒例の全日本実業団対抗駅伝と全国高校ラグビー3回戦をテレビ観戦して夕方になる。ラグビーは4試合とも予想通りの結果となる。準々決勝の組み合わせも決まり4校の予想を立てる。果してその結果はどうなるか。大した根拠もなく決勝は桐蔭と東福岡の戦いになるような気がしているのだがどうだろう。
 準々決勝の予想的中は國學院栃木が負けたために3/4。

 2日は箱根駅伝往路と3日はその復路。早稲田が16年ぶりの往路優勝かと思われたが青学の走者の想像を超える走りで逆転され、18秒差の9年ぶりの2位。早稲田記録を更新しているので素晴らしい結果と言っていいだろう。4区を走ったスーパールーキー鈴木琉胤が区間記録にあと1秒と迫る結果で来期以降が大きく期待できる。総合順位は昨年と同じ4位。
 青学は往路も復路も総合も新記録で素晴らしいし、監督の選手リクルート・育成・戦略は凄いと思う。が、これからまた暫くは原監督の饒舌がテレビで流れるのではないかと思うとちょいとうんざり。まぁ見ないのであるが。
 今春、早稲田にはスーパートリオが入部するらしい。期待が膨らむ。

 2日の大学選手権準決勝、早稲田VS帝京は早稲田が31(4T1G2PG1DG)-21(3T3G)で勝利。好ゲームであった。前半の早稲田は反則ゼロ(全体では5)。この高い規律も勝利に大きく貢献したのであるが、翻れば規律の高さは練習とそれに基づく意識の高さに帰するのであろう。
 明治が京産大に勝利して(37-19)決勝は通年より盛り上がること間違いなしの早明対決。京産大はまたもや決勝に進めず、12回目の準決勝敗退。

 4日、息子・娘の家族一同が我が家に会し、毎年恒例の自宅でのちょいとした正月宴会。楽しい。

 高校ラグビー準決勝を観戦。予想(期待)に反して東福岡が京都成章に完敗。後半に入って連続してトライされ東福岡は京都成章に翻弄されていた。
 第2試合の桐蔭vs大阪桐蔭は素晴らしい緊迫した激戦で楽しめた。大阪桐蔭の鮮やかな逆転トライ、そして桐蔭の最後の連続してフェーズ重ねた逆転トライ。この好試合はまた見たくなるであろうと思いBDに取っておく。勝った方も負けた方も涙を流し、特に大阪桐蔭主将は声を上げて涙をぼろぼろと落としていた。こんないい試合には滅多に触れられない。

 <野宮有 『殺し屋の営業術』(講談社、2025年)>:2026年最初の小説。江戸川乱歩賞受賞、このミス19位、文春4位。今までに読んだことのない類の小説。
 殺しの現場に出くわした鳥井が殺し屋どもに殺されかけ、負債(上部からの要求)を抱える彼ら殺し屋企業の営業マンとなって2週間で2億を稼ぎ出すために動く。登場するのは殺しを依頼するダークな企業とそれを請け負うライバルたち。物語は彼等/彼女等と殺し請負の営業力を競い騙し合う。新しさを感じさせられる小説ではあるが、マンガっぽいエンタメ小説はこれでお終い。
 作者はどんな人かとネットで調べたら、既にプロとして作家・マンガ原作者として活躍しているらしい人であり今年で33才になる。

2025年12月31日水曜日

今年最後のメモ

 花園高校ラグビー、全試合をみる時間はないのでJ SPORTSオンデマンドで早送り、或いは後半のみを観戦。1回戦の勝敗予想は24試合中19試合を的中。早稲田実業は石見智翠館を下す。埼玉県代表の昌平と慶応はどちらも勝利。かつては深谷や熊谷、時に行田工業が花園に登場したが今はすっかり様変わりした。
 2回戦は予想が12/16の的中率。秋田工業は0-73で御所実業に完敗。何かにつけ秋田県は沈んでいるような気がしてならない。根拠のない勝手な思い込みだが秋田大学の鉱山学部が工学資源学部(現在は改組)に変わった頃に符合していると感じている。
 早稲田実業は予想以上に東福岡といいゲームを展開した。早稲田大学の底上げを期待する。慶応は初出場で2回戦突破。対戦組合せが恵まれているとも感じたがこれは失礼な感想であることは承知している。シード校の佐賀工業が東海大仰星に6-7と惜敗。

 1月2日の大学選手権準決勝のメンバーが発表された。スタメンもリザーブも予想通りのメンバーが発表された。

 富士山女子駅伝を楽しんだ。トップ3校(城西大・東北福祉大・大東文化大)が競っていてテレビ放送を見ていて彼女らの走りに感動もする。だが、どうしても彼女らが幼く見えるのはこちらが年齢を重ねているせいであろう。

 31日午後、近くの店にお茶を買いに行く。歩いても1000歩ほどのごく近くだし、いいやと思ってルームウェアのままに、いつもと違ってショルダーバッグを使わずに安易に尻のポケット財布を差し込んで車に乗った。店内でさっさとバスケットに商品を入れてレジに向かって会計を済まそうとしたら財布がない。車の中の運転席に落としたと思いすぐに駐車場に戻り車のドアを開けるも財布はない。店内の歩いた経路を探すもない。作業をしていた店長らしき人に尋ねるが、ない。もう一度駐車場に行ったら運転席ドアの外側すぐ近くに落ちていた。免許証から何枚かのクレジットカードも入っているので冷や汗が出た。見つかったときはホットして汗ばんでいることに気付いた。店の人にお騒がせしたことを謝罪し店を出たが、何時もと違った行動パターンを取るべきではないとつくづく感じ入った。ホントに焦った。

 <若竹七海 『まぐさ桶の犬』(文春文庫、2025年)>:『このマンガがすごい!2026』5位ということで購入(因に文春ではランク外)。著者の本では2018年末に『錆びた滑車』を読んでいて、面白い、よく練られているとメモしているも主人公・葉村晶の容貌が頭の中で作れなかったとも書いてある。その本のことは全く記憶になかった。で、今回手に取った本は5年ぶりのその葉村晶シリーズなのであるが、読み切れずに途中で、しかもかなり早い段階で投げ出してしまった。こうもきっぱりと読むのを止めるのは珍しいこと。主人公をはじめ登場人物の設定にどうしても苛だってしまい、饒舌さにも嫌気がでてしまい、それらの嫌悪感が気持ちの中に粘り着いてしまい頁を捲るのが苦痛になった。こうなるともう駄目で読み続けることができなくなった、という次第。 

  <櫻田智也 『失われた貌』(新潮社、2025年)>:『このミス!2026』と『文春』の両方でダントツの1位。顔が潰され、両方の手首も切断された死体が遺棄されていた。二つの警察署が競いながらかつ協力しながら死体の特定と犯人を追っていく。行方不明となっている男とその妻と子、そして彼女の友人とその子たちが絡み、かつての未解決事件も入り組んで日野係長は犯人を追い詰めていく。
 日野とその部下である優秀な女性刑事、生活安全課課長、県警の管理官(検死官)、日野の上司、死体発見者の家族問題、日野の家族等々、それぞれの個人・家族が抱いている問題、刑事たちの互いの距離感、女性刑事の感性が活写されている。張り巡らされた伏線が頁を進める中で次第に解き明かされるストーリー構成、会話の巧みさもありとても楽しめた。映像化されるであろうし期待したい。傑作ミステリー。

2025年12月24日水曜日

痛飲、ラグビー、文庫本、マンガ

 20日北千住と上野で痛飲。翌日には上野から帰路に向かった付近から記憶が途絶え、何度も繰り返している飲酒の反省しきり。しかし乗り越しもせずに帰宅。

 翌朝、まずは前日20日の大学選手権準々決勝の結果を確認し。早稲田が天理大に勝利したことを喜びVTR観戦。矢崎の存在はとても大きい。松沼と粟飯原の使い分けもいいと思う。このふたり大田尾監督がコメントするように甲乙付けがたい。

 高校駅伝は女子も男子も楽しく観られた。長野東と学法石川の抜きん出た勝利は素晴らしい。

 <藤本タツキ 『ルックバック』(集英社JUMP COMICS+、2021年)>:机に向かう少女の背中を描いている表紙を見たらアニメにしたくなった、というような劇場アニメの監督(?)の談話に惹かれて購入した。が、このマンガの良さや高評価の意味が全く分からなかった。秀作とか駄作とかの評価以前に、良さも悪さも、人物設定も状況設定も、二重構造のストーリーの意味も、現実の京都アニメ放火殺人事件への連想も、何もかも自分の感性・創造性の域外にあることだけは認識できた。
 カバー表紙のグリーン基調の絵ー机に向かっている少女らしき後姿ーには確かに惹かれた。何かに打ち込んでいる背中、或いは寂しさ、他人を寄せ付けない心、孤独、などを感じた。そして、カバーを外しての表紙を見たら机上のライトスタンドが右に置いてある。右利きならばノートに手の陰が映り込んでしまい不便だろうと思い、カバーを見たらそこにはライトスタンドは左に置いてある。気になって何頁か見たら、ライトスタンドの位置は右だったり左だったり、左にあっても本棚の上にあるなど、また右にあっても積重ねた本の上に置いてあることもある。そんなことが妙に気になってしまった。

 <永井義男 『中州の決闘 密殺処刑人 影山彦十郎始末帳』(コスミック・時代文庫)>:道場の唯一の女弟子(妹弟子)であるお波が親の圧力であろうか嫁に行くことになり姿を消してしまった。残念である。彼女を絡ませての物語を期待していただけに残念である。一方、聴力に優れた吉原上りのお蓮が登場した。彼女の聴力を生かした物語が本編であるが、同じようなパターンでの物語が続くと陳腐化するので次巻以降ははどう展開していくのだろうか。
 <清野とおる 『「壇蜜」①』(講談社、2025年)>:『このマンガがすごい!2026』を買ったらオトコ編第2位に本書があった。すぐに買ってみた。面白い。
 常識のレールからちょいと踏み外す壇蜜が面白いし、微妙な距離感を保っている著者の視線と壇蜜に対する姿勢が柔らかくていい。
 壇蜜さんのブログ「黒髪の白拍子」を知って訪問してみたら文章がうまいし、字も綺麗。

 <岩浪れんじ 『バルバロ! 1』(双葉社、2026年)><岩浪れんじ 『バルバロ! 2』(双葉社、2026年)>:『このマンガがすごい!2026』を斜め読みしていて、理由はもう覚えていないけれど買ってしまった(オトコ編第29位)。ファッションヘルスという(行ったことのない)異世界に棲息する住人たちの、自分とは全く縁のない人生と生活。頁をめくる度に気持ちは物語から遠ざかる。もう手に取らない。

2025年12月9日火曜日

20日振りのメモ、文庫と新書各1冊

 ほぼ20日振りにメモする。
 この間、ラグビーでは早稲田は慶応に快勝し、明治には6点差であるがモールの力負け。散髪で通常よりも短く髪を切り、CATVではJ:COM LINKに契約を変更して機器の交換と接続変更。車の右側前輪の異音をディーラーに修繕してもらい、ジャックスの「時計をとめて」のEWI演奏に時間がかかり、使っていない任天堂Wiiの動作確認をしてから処分し、世界卓球混合団体戦のテレビ放送をすべて観て、玄関の内外のタイル床クリーニングを久しぶりに行った。
 クラシックのCDを4枚購入し、積ん読状態の本が多くあるのにまたもや6冊もの新刊を買ってしまった。
 そして、2025年も残すところ僅かとなり、77歳の誕生日まで4ヶ月を切ってしまった。

 <松下龍之介 『一次元の挿し木』(宝島社文庫、2025年)>:2025年第23回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作。DNA、オカルト、ちょっとしたホラー、意識。この手のストーリーには馴染めない。途中から倦きてくるが結末をどう結びつけるのかに関心が向き読み切った。

 <スージー鈴木 『日本ポップス史 1966-2023』(NHK出版新書、2025年)>:サブタイトルは「あの音楽家の何がすごかったのか」。
 1966年は17歳(高校2年)の時だから時代的には当然のことではあるがズレがある。自分の思いが濃いのは1972年、本書で言えば「1072年の財津和夫」までである。それ以降は飛び飛びの記憶でしかない。1994年からは関心が薄い。特にVaundyは本書で初めて知った。年齢的に自分にとってのポップスはやはりカレッジフォークやGSが中心にあった。大学を卒業し就職し、結婚をし、子供が出来てからのポップスは「ついでの音楽」の様相である。

2025年11月20日木曜日

6年ぶりの新宿、漫画と時代小説

 19日にISaと新宿で飲む。新宿は2019年5月以来で6年ぶり。ということは大宮から先の電車に乗るのも6年ぶり。湘南新宿ラインは混んでいてずっと立ちっぱなしで、新宿駅では雑踏に懐かしさを覚え、そして西口出口で外に出るまでは案内表示を確認しながら歩いた。駅内と外は再開発に関連しての工事中であった。
 リニューアルされた飲食店チェーンでの会計は予想よりも高額で、世の中の物価上昇や飲食代高騰を改めて身に知らされた。リニューアルされたといっても以前の店内雰囲気との大きな違いは認められなかった。
 続けてカラオケに入る。受付の若い女性の名札の漢字読みに興味を覚え、失礼を断ってから読み方を尋ねたら「答えなきゃいけませんか」と冷たく返された。客との間で不愉快な思いをしたことがあるのか、カスハラでも受けたことがあったのかと想像したが、ならばネームプレートをしなければよいのにとも思う。最近はそのネームプレートをしないところも増えてきているらしいが、それも時代の流れであろう。ちなみに、富山は「とやま」なのか「とみやま」なのか「とみさん」なのか、三橋は「みはし」なのか「みつはし」なのか、菅家は「すがや」なのか「かんけ」なのか、そのような類いのことである。確かに受付のその女性に尋ねることではなかったと反省。でも何か世の中の空気が張り詰めているとも感じる。

 <手塚治虫 『日本発狂』(秋田書店怪奇ロマンブックス、2025年/初刊1999年)>:新聞での広告、書名から現日本への文明批評・文化批評のメッセージを感じ取れるかもしれないと購入したが、発送された本の表紙を見たら既視感がある。読書録を振り返ったら同じ秋田書店の文庫で28年前(1997年)に読んでいた。そして、メッセージを感じようとしたが何も感じ取れなかった。無理矢理こじつければあるのかもしれないが、穿ることはできなかった。

2025年11月18日火曜日

歯の捻挫、新書、小説

 食事を摂るには支障はないが、1週間ほど経過しても歯茎を手で押すと痛いし周囲が少し腫れている。もしかするとキッチン・キャビネットの粘着物除去作業の際に知らず知らず歯を食いしばり割れを生じさせたのではないかとも思った。放っておくことは出来なくなり、定期的に通院している歯科医院に電話を入れたら診察のキャンセルがあって空きが出来たとのこと。40分後には歯科医院に到着した。
 レントゲンを撮り、8月のレントゲン写真と比較し、問診と症状から下された結果は歯の捻挫であろう、このまま放っておいて1週間後にも痛みがあるなら再度連絡してくださいとのことだった。歯の捻挫とは初めて聞いた。医師の話を聞いて納得した。そして、2日後に正常には戻った。

 <清水克彦 『知って得する、すごい法則77』(中公新書ラクレ、2025年)>:本書は40~50代の管理職への指針として著されたものであり、とっくの昔に仕事を離れた自分にとっては単に自分の経験を振り返り、と同時に何か新しい「法則」にでも気付かされるのかと思い手に取って読んだ。結果、何も真新しいことに気付くことはなく、これらの「法則」に首肯するばかりで、また、自分の過去の事例を思い出したりして楽しんだ。
 「ハインリッヒの法則」では、ちょっとしたうっかりミスは大きな不具合に繋がることはまずないので、自分の中だけで処理すれば良いという逆説的なことは言えるし、ミーティングなどで物事を進めるときは間違っていても良いから何かを言うことから始るという「マクドナルド理論」に繋がることは何度も経験した。特に覚えているのは、設計ミスを減じたいときは「限界効用逓減の法則」のようなことを頭に置いていた。すなわち、ミスが多ければ努力に応じてミスは減るが、ミスが限界近くまで少なくなったときは努力に対してのミス改善の効果は薄れる。よってそのような域に達したならば、ミスを減らそうと時間をかけずに、問題解決すなわち問題をクローズさせることに時間を割くべきと考えていた。要は対数曲線にて横軸に努力を縦軸に不具合量をおけば努力vs効果のほどが分かる。だから、設計ミス撲滅、設計ミスゼロ化と力説する方針は正直なところ愚かだと思っていた。
 ある製品の開発過程の終盤に不具合が生じたとき、対策会議が拡大されて関連部署の部長やらが会議に出てきてはあれやあれこれやれと色々と好き勝手なことを言っては仕事を増やし、タスクフォースやらも組み込まれたのだが、そこで出される方向性は往々にして間違っていることが多いとも感じていた。だからその拡大会議で出された方針を無視し、優秀な部下二人とともに対策を進めたときは反発もかなり浴びたが結果的にはそれでスケジュールを遅延させることなく進めることが出来た。その拡大なんとかやらを無視したとき、ある上司(上司の上司)が背中を押してくれたことは今でも懐かしい想い出である。以上は「ブルックスの法則」の典型例であろう。因にその上司は役員にも地位を高めたのだが、最後には役員の中で浮いたようだった。組織の力学とはそんなものかと落胆したことを覚えている。
 あと、「ピーターの法則」(無能な管理者)の事例は少なからず眼にしている。

 <塩田武士 『踊りつかれて』(文藝春秋、2025年)>:SNSでの誹謗中傷した者たちへの宣戦布告。83人の名前・年齢・住所・学校・職場等々の故人情報をブログにさらけ出し、83人の人生を破壊していく。それは誹謗中傷虚偽捏造によって社会から抹殺された二人(天童と美月)の苦しみを投稿者に味わわせるものだった。さらけ出した「枯葉」こと瀬尾が名誉毀損罪で告発され、弁護士久代奏が瀬尾の弁護人となり、彼女が中心となって天童・美月・瀬尾たちの人生を明らかにしていく。
 兵庫県会議員の自殺、女子プロレスラーの自殺などSNSの発信に起因する現実のニュースはどうにもやりきれない。SNSを見ることはしないので、それらの誹謗中傷、自分勝手な狭隘な正義はニュースでのみ知る。そもそも素性の分からない匿名のSNSを読んでそれを拡散する人たちの行動が理解できない。結局は、自分を見つめる能力がないが故に己の能力(正義感)を過大評価し、思い込みや先入観で判断してSNSに匿名で書き連ねているのだろう。また、耳目を集めることで満足感を得ているのだろう。SNSで拡散して経済的利益を得ることにも結びついているのだろう。
 本書に返れば、読んでいて個々の人たちの過去の人生を描き続けることに少しばかり倦厭気味になりかけるところもあった。しかし、作者の綿密な構成、細密な描写には奥深い筆力を感じる。
 アンドレ・ギャリソンの曲、菅原都々子の「踊りつかれて」などはYouTubeで聴いた。板東千寿子の「声」はアップされていないようであるー実在の歌手/歌なのか、架空の歌手/歌なのか確認できない。それよりも何よりも無い物ねだりで美月の歌を聴きたい。