2021年8月20日金曜日

小説2作

 <真保裕一 『シークレット・エクスプレス』(毎日新聞出版、2021年)>:舞台はJR東青森駅から始まり、奥羽線~羽越線~上越線~東海道線へと続く。駅を離れた都市では青森・仙台・東京・名古屋。貨物列車が目指すのは佐賀県/鍋島駅で、積んでいるのは核関連の乾式キャスク。登場人物は、JR貨物ロジスティックに所属する運行管理者、東日本新聞の記者、三峰輸送(実は官僚の派遣者)、警察官、反原発の原発監視団体メンバーなど。現実の企業や人物を推定させるものとしては、日本貨物鉄道、三菱重工とその関連企業、IHI、慶応大学、小泉純一郎元総理。福島原発事故(人災)や六ケ所村が背景として設定され、政官財マスコミの隠蔽や忖度も登場人物によって語られる。詳しい取材や調査によって裏打ちされたスピード感あるライト・ミステリー。

 <石沢麻衣 『貝に続く場所にて』(文藝春秋9月特別号、2021年)>:読むことに努力を要求される小説と、早く頁を捲りたくなる小説がある。第165回芥川賞受賞作の一つである本作品は前者。まず出だしで躓きかけた。「人気のない駅舎の裏に立って、私は半ば顔の消えた来訪者を待ち続けていた。記憶を浚って顔の像を何とか結び合わせても、それはすぐに水のように崩れてゆく。それでも、すぐに断片を集めて輪郭の内側に押し込んで、つぎはぎの肖像を作り出す。その反復は、疼く歯を舌で探る行為と似た臆病な感覚に満ちていた」。何度かこの文章を読み返し、頭の中でイメージを作ろうにも難儀であって、その作業は打遣って先に進んだ。読み進めていくうちに、この小説は一種の幻想的世界であって、3.11で海に埋もれてまだ遺体が見つかっていない者に対して抱く「記憶の痛みではなく、距離に向けられた罪悪感」であることが判ると、出だしの文章もなるほどと得心した。ただし、「疼く歯」には違和感を拭い去れない。まして、「その表面をなぞる光に、意味の解けた物の塊の映像が別に浮かび上がり、歯痛を真似て疼き出した」に遭遇したときは、なんだこりゃ、著者はこの小説を書き出したときは歯が疼いていたのか、とさえ想った。以降、歯痛の疼きは出てこない。でも、「寝間着という夜の皮膚をまとわずに潜った寝台で」は笑いそうになった。回りくどく、遠回しにも何を表現したいのか、裸(あるいは下着のみ)でベッドに入る意味が伝わって来ないし、文章を弄んでいるのか、はたまた思考を重ねた結果たどり着いた高尚な文章としているのか、どっちともつかずに思わず笑うしかなかった。
 貝の置かれた場所というのは、(多分)巡礼の道の途上であり、幽霊として登場する野宮が埋まっている海をも指すのであろう。
 ゲッチンゲンにある惑星のオブジェ、貝の巡礼の道、何となく分るような気持ちにもなるが、この小説は著者の罪悪感に伴う死者への鎮魂なのかと感じた。そしてこの小説としての良さは、「小説という器を使って何ごとか冒険を試みようとしている」(松浦寿輝)点であり、「構成や構図があまりにも巧み」(吉田修一)なところにあり、「小説でしかできないやり方で、東日本大震災の体験を刻みつけようとする」(小川洋子)ところにあるのだろう。でも、現実世界に幽霊を登場させる小説手法は好きではない。

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