2024年10月13日日曜日

日記1冊、小説2冊

 <山田風太郎 『戦中派焼け跡日記』(小学館文庫、2011年/初刊2002年)>:昭和21年12ヶ月の日記、東京医学専門学校学生だった24歳の1年。映画を観、本をよく読み虚無的と言えるような1年。世の中の動きについて批判し、世間を評価し、自分を見つめている。敗戦翌年の時代を著者はこう捉えていたのか、天皇(制)についてそう考えていたんだと、新鮮な感覚も覚える。ただし、著者の考え方には共感できないところも多い。
 語彙が豊富で文章に力があるのは著者の技量であろうが、そればかりでなく戦前の国語教育の内容に思いが向く。何をしなくとも一方的に情報が流れてくる戦後の時代、他方何かを考えるときは自ら情報を求め勉強しなければならなかった時代との差異を感じる。勿論自分と同時代あるいは若い作家の著作にみる精緻な文章や語彙の豊富さはやはり凄いなと感じる。
 16歳から24歳頃までつけていた自分の日記を振り返りまとめてみようかと思う。但し、下らない記述は捨ててしまうとしても。でもそうしたら何も残らなくなるかもしれない。

 <木内昇 『惣十郞浮世始末』(中央公論新社、2024年)>:『櫛挽道守』で著者の小説に魅入られ、7年ぶりに6冊目となったこの小説は秀逸な物語。とても楽しめた542頁の江戸(浅草/八丁堀/内藤新宿など)を舞台にした長編。
 何年か後にストーリーを思い出すかもしれないように主人公惣十郎の周囲の人間を書いておく。何れも愛すべき人たち。特にお雅の人物設定に惹かれる。
 服部惣十郞:北町奉行所定町廻同心、妻の郁を3年前に病死させている、悪筆。事件の推理には優れた能力を示すが、女の機微には疎い。
 多津:惣十郎の母、穏やかな優しい人柄。
 お雅:惣十郎の下女、23歳。出戻り後に惣十郎のもとで下女として働く。料理上手、素っ気ない。大家嘉一の三女、母を毛嫌いしている。多津を慕っている。とっつきにくそうだが内面は内気で優しく、細やかな心遣いのある女性。
 佐吉:裏表がない小者-言葉を換えれば単純無垢-で服部の屋敷に住む。
 完治:岡っ引き、人間観察に卓れ、探査能力にも富む元掏摸。がたいのいい棒手振の与助はその手下。
 口鳥梨春:真面目で能力のある医師。病を治すことに専一する。
 冬羽:書肆伊八の妻、書を編む。蘭方書を発刊することに懸命となっている。魅力的な女性。
 悠木史享:郁の父。男手ひとつで郁を育てた。同心として冷遇されている。
 崎岡:惣十郎の同僚。奉行所の中では下手人の数を上げることに邁進する。家内に事情を持つが惣十郎には語らない。
 浅草で火事が起きて薬種問屋が焼け、2人の遺体が見つかる。痘瘡と種痘を巡る画策。漢方医術と蘭方医術の確執、奉行所内の人間模様、老女の認知症、金を巡る事件、親子の確執、郁の死因、等々が入り交じり最初の火事の真因が判明する。
 『櫛挽道守』で小説の楽しみを味わい、そして本書で再び至福の読書時間に浸った。まだ読んでいない作品に触れたくなった。

 <柴田哲孝 『暗殺』(幻冬舎、2024年)>:朝日新聞阪神支局の赤報隊事件、安倍晋三暗殺事件、統一教会/勝共連合、右翼フィクサー、政治家、等々の人物が陰謀を巡らし、複雑に絡み合った日本政界に潜む闇を、事実をフィクションと化して解き明かしていく。途中まで読めば全体の基本構想は容易に想像がつき、あとはそれらをミステリーとしてどう表現して行くのかという流れである。大胆な発想に基づく現実味を帯びた小説ではあるが、陳腐な趣と安手のエンターテイメント・ミステリーという感想は拭えなかった。

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