2026年9月20日日曜日

漫画雑誌、漫画、文庫本

 『ハルタ』133号「煙と密」第63話に面白い句が載っていた。「栗の花 人目盗みて 解き放ち 営舎の夜に 紅ひとつ無し」。上手いと思った次第。「鴨の腹」なる言葉も初めて知った。

 <辻潤 『ふもれすく』(青空文庫)>:1923年(大正12)9月1日に関東大地震が発生し、伊藤野枝が殺され、それを知った辻潤が11月に四国Y港で書いた随筆。
 21歳の頃東京中央郵便局で郵便物仕分の夜間アルバイトをしていた。そのとき一緒に働いていた明治大学生が辻潤のことを教えてくれた。そして魅了されて彼に関する本を何冊か読み、ダダイズム・ダダイストを知り、一番惹かれたのは高橋新吉の詩だった。
 新吉が病で療養してた地が前期の四国Y港である。随分前になるが、伊藤野枝や辻に関する本を何冊か読んでいて、辻の放浪生活は記憶の隅に残っている。大杉のもとにはしる前に野枝は辻との間に二人の子をなし、その長男まことに関しては本書の中で何度も現れる。
 大正末期の地震・虐殺、辻の放浪などに思いを馳せる一方で20歳前後に読んでいた本や自分の関心事などを思い出す。また、伊藤野枝の知らなかった側面を目にし、彼女に関しての捉え方が少し変化した。
 辻と野枝の絡みと別れを活写した本書を読んで感慨にふけるには予め彼らに関する本を読む必要がある。予備知識なしで本書だけを読んでも、描かれる時代と作家たちが描かれる世界には浸れまい。辻・大杉・野枝ばかりではない、高橋新吉・平塚雷鳥・佐藤春夫・宮崎資夫・谷崎潤一郎・生田春月等々、あの時代には魅入らされる。

 <丸山薫 『圖書室のキハラさん』(KADOKAWA 、2025年)>:カワイク描きすぎていると感じるキハラさんではあるが、背景の本・書棚・図書館の画に惹かれる。そして本に関する格言がいい。別途その格言をまとめているwebにアクセスして楽しんでいる。
 
 <ハルタ編集部 『ハルタ』137(KADOKAWA、2026年)>:予約発注までした最新刊。前にも書いた通り飛ばしてしまうものと立ち寄って読むものが明確に別れているが、以前より読まない頁が若干増えたような気がする。単行本で購入していた『本なら売るほど』と『司書正』はもう買うこともなくなる。
 「ふしぎの国のバード」のイザベラ・バードは余りにも脚色されていて辟易する。実在の人物とその歴史については娯楽作品化の色合いが強くなるとつまらなくなる。

 <永井するみ 『隣人』(双葉文庫、2013年/初刊2001年)>:6編の短編集。「隣人」「伴走者」「風の墓」「洗足の家」は殺人を伴うミステリーであるが、「至福の時」「雪模様」は恋愛・母への思慕と破局を軸にした男と女の心情ミステリーとでもいえば良いのだろうか。前の4編の殺人は殺す側も殺される側も厭らしい生き方をするツマラナイ人間に思える。否、全編に描かれる人たちには共感も同情心も抱けない、実際に身近にいれば距離を取っておきたい、そんな人たちばかりである。
 この文庫本の表紙は猫の左半分の顔が大きく描かれていて素敵なカバーデザインである。

2026年9月15日火曜日

漫画三昧

 8月からは漫画が多い。漫画が多いのは積んである本が多くあり、なかなか読む時間がなく、でも何か読み続けたいので手軽な漫画を買い続けたということに過ぎない。そして今は新たに買おうとする衝動を抑えようとしている。

 草間彌生さんが亡くなった。テレビや新聞・雑誌を通してあの水玉模様の絵画は知っている。話題にもなったとは聞かないけれど小説も書いていた。1985年11月4日に『'聖マルクス教会炎上』を読んでいたが、感想も書いていないので内容は全く記憶していない。ネットで拾うと帯に中上健次の言葉として「この「聖マルクス教会炎上」を私は作品と呼んでおとしめくたくない」とある。またGoogleのAIにあらすじを問うて要約すると、「女であることと、芸術家であることのダブルバインドに苦しむ、日本人レズビアンの前衛芸術家が主人公で、人間の性や存在の矛盾、狂気を鋭く抉り出すような、衝撃的でアバンギャルドな描写(ポルノグラフィの要素を含む)が特徴」とある。

 <レム、森泉岳士 『ソラリス 上』(早川書房、2025年)><レム、森泉岳士 『ソラリス 下』(早川書房、2025年)>:惑星ソラリスの直接触れることの出来ない知的生命体の海、ソラリス観測ステーションで発生する奇妙な現象。それらをどう受けとめ捉えればよいのか、人間そのもの或いは人間社会の何かに置き換えてみようとする。無論こうだとは言えないのだが現実を暗喩している気がしてならない。そう考えて引き込まれていた。

 <増村十七 『進め!白鼻進』(小学館、2026年)>:1933年に売れない漫画家が人生の賭けに出て、時流に乗っかり漫画が大ヒットし、世の中から持て囃される。そして戦争に突入し事前検閲を受けるようになり軍部主導の時勢に迎合し、戦時の体験を漫画にしようとする。戦後になっては戦後の民主主義・平和主義に迎合するようになる。過去の自分の描いた漫画を眺め直し、目を焼土化した情景を窓外に見て放心する。
 近藤日出造をはじめ戦前の時流に乗った漫画家は過去への真摯な振り返りはなく自己弁護に徹し、世間も又そういう漫画家を大きく非難することはなかった。
 立っている基盤は薄い人生観でしかなく、刹那的な承認欲求と経済的充足感を得ようとすれば自ずとその行動は自己欺瞞と自己弁護でしかなくなる。何もここに登場する白鼻進に限らず、また時代に限らず、あらゆる人間社会に存在する軽薄な、それでいて普遍的な現象としか思えない。

 <ハルタ編集部 『ハルタ』132~136(KADOKAWA、2026年)>:漫画三昧。この分厚い雑誌は800円台と安価で多様な作家が漫画を描いている。一気に5冊を発注しその重さに少々驚き、いい年をして漫画雑誌を読むのかとの恥じらいを感じるでもない。でもCP比の良さと作家の多様性とこの重さは魅力的で以降定期的に購入してしまいそうである。
 全作品に目を通すかというとそういうことはなく、絵柄から想像するストーリー展開に好き嫌いがあり、好みでないものは飛ばす。1冊あたり1~3日かけて頁を進める。しかし、個々の作家の絵の秀逸さには感心する。絵が上手い人、文章が素敵な人、パフォーマンスの良いスポーツマンは羨ましい。それだけに自分にないものに触れることには幸福感を味わえる。表現力の優れた人には深い敬意を表する。