2019年11月25日月曜日

小説2冊、酒がうまくない

 <佐藤正午 『月の満ち欠け』(岩波文庫、2019年、初刊2017年)>:一人の女、瑠璃が月の満ち欠けのように繰り返し男3人たちを照らし、あるいは消える。途中で読むのが苦痛になる。要は全く好みでないし、小説構成も好きでない。つまらない小説。一人の女が非現実的に現れ、それぞれの男たちの人生に絡む。何が愛なのか、これが愛なのか、男たちの空虚な人生。
 ふと思った。「月」は「lunatic」、もしかしたら「月の満ち欠け」に人間の狂気の満ち欠けをメタファーしているのか、と。本書を最後まで読んでいないので、どこかにそれらしき表現があるのかもしれないし、ほかの誰かも同じような感じ方をした人がいるのかもしれない。本読まずの読者の単なる妄想かもしれない。

 <ジュンパ=ラヒリ 『わたしのいるところ』(新潮社クレストブックス、2019年)>:孤独の中で「わたし」をみつめる。長編小説とうたっているが、個々に繋がりのない46篇の掌編エッセイという感。街中で、バールで、友人たちとの交流のなかで、独白的に自分を見つめる。感じるのは静謐の中での孤独-寂寥や孤立の孤独ではない-。無謀にも、このような日常にある(あった)刻を切り取って、そこにある(あった)自分を見つめてみたいという衝動に駆られる。
 ジュンパ=ラヒリ、かの名作『停電の夜に』以来、11年ぶりに読んだ。

 一昨日、昨日と飲んだワインもウィスキーも何故かうまいという感じがしなかった。で、今日は好物を肴にしてビールと山形の日本酒を飲んでみたが、なぜなんだろう美味しく感じられない。多分、風邪がまだ少し続いているからその所為であろう。どうしようもなく酒が不味い、飲めないことが1-2年に1-2回ほどはある-「酒は健康・体調のバロメータ」である。「今日も元気だ○○がうまい」と心底感じるときが最も健康で幸福なときであろう。それが刹那的ではなく持続すればいうことなし。

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