2018年8月10日金曜日

小説とマンガ

 <武田一義 『ペリリュー 5』(白泉社、2018年)>:昭和20年1月。米軍の食料を奪取して反撃へ繋がると奮起する滑稽さ。「戦争を憎む」とか「軍中枢の暴走」とかそれらは正しいであろうが、真実を突いてはいない。
 73回目の原爆慰霊祭が例年のように催されている。セレモニーをやってまた来年のセレモニーに続く。この地球上での争いを回避する歴史が進歩を遂げているとはどうしても思えない。歴史は長いスパンであるが、個々の人間の人生はその中のごく限られたピリオドでしかない。今日もまたどこかで殺し殺され、飢え、保身とはき違えの権力闘争と獲得に明け暮れ、冷笑を浴びせかけている人たちがいる。これはこれで完成形の現実でもあろう。

 <早瀬耕 『未必のマクベス』(ハヤカワ文庫、2017年、初刊2014年)>:都立高校の同級生、中井・伴・鍋島冬香。中井の元上司で恋人由記子、Jプロトコルの出世頭高木、娼婦で占いを授けた蓮花、暗殺者で護衛者ともなった魅力的な陳霊、某国独裁者の兄でマレーシアにて暗殺されたかの人がモデルの李、そして秘書の森川佐和。Jプロトコル・Jプロトコル香港・HKプロトコル。香港と澳門。時にはバンコク・ホーチミン・クアラルンプール・台湾・渋谷・横浜。
 新聞の読書コーナー「売れてる本」に北上次郎さんが紹介していて(文庫本にも解説を書いている)、面白そうなので読んだ。
 主人公である中井や伴は殺人を実行し、魅惑的な陳はビジネスとして暗殺をし、謀略の中で人を殺めるJプロトコルの企業人がいて、その背景には暗号化の特許を巡る経済活動があり、その特許を説明するコンピューターの世界があり、中井と鍋島を繋ぐ積み木カレンダーの数学的なパズル(循環小数がヒント)、中井と由記子の恋、中井と鍋島(森川)の純恋愛。渋谷のラジオ・デイズで由記子と鍋島が互いを知らずに会い、ベイ・シューの歌声が流れる中、キューバリブレ/フェイク・リバティがカウンターの上にある-このラスト・シーンが秀逸。ハードボイルドのシーンにマッチする。
 キューバリブレ、フィル・コリンズ、香港料理にポルトガル料理、スマートな会話と贅肉を剥ぎ取ったシーン、夜景、・・・楽しめた一冊。初刊の時何故にこの本は売れなかったのか、多分会話に隠れる情景や心理、シェークスピア『マクベス』の知的レベルの高さ、それに広範囲な知識(というか言葉を受け容れる素養)、長編小説、などが見えない壁を作っていたのかもしれない。掴めない綿飴のように、今ひとつ中井の人物像がすっきりと溶け込んでこない-溶け込んできたらこの小説は成り立たないであろうが。

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