2015年10月2日金曜日

「そういう形で国家に貢献」、『昭和前期の家族問題』

 10月に入った。今年の残りはもうジャスト3ヶ月。陳腐な言葉だがホントに年月の経つのは速い。
テレビで見ると、福山雅治の結婚で世界中に福山ロス現象、福山ショックを生じせしめ、焼け酒に走る女性、会社を早退した女性、家事を放棄したオバサンもいたらしい。オレは吹石一恵が出ているユニクロのコマーシャルを改めて見つめ直した。・・・妄想を抱いた男ども少なくないだろう。

 この結婚に際して、菅義偉官房長官は①「この結婚を機に、ママさんたちが一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれたらいいなと思っています。たくさん産んで下さい」と発言したとのニュースが流れている。その後菅官房長官は発言の真意を問われ、②「結婚について聞かれたので、大変人気の高いビッグカップルで、皆さんが幸せな気分になってくれればいいと思っている中での発言だった」と説明した。(引用先は9月30日の朝日新聞朝刊。)
 上記の二つの発言から、①は「子どもを産むことは国家に貢献する」ことで、また、②では「結婚して子どもをたくさん産めば幸せな気分になれる」と菅官房長官は思っているらしい。①の真意を尋ねられての②の回答は論理性に欠ける誤魔化しの言葉でしかないが、それを措いて、人の幸せを政治に関わる人間から軽々しくとやかく言われたくない。また、①については昭和13年に施行された、「戦時(戦争ニ準ズベキ事変ノ場合ヲ含ム以下之ニ同ジ)ニ際シ国防目的達成ノ為国ノ全力ヲ最モ有効ニ発揮セシムル様人的及物的資源ヲ統制運用スルヲ謂フ」「国家総動員法」を連想する。因みに昭和16年10月には厚生省次官から通牒が出され、「男子25歳まで、女子21歳までの結婚」を奨励し、「結婚することが何よりのご奉公になるのだ、という結婚報国の念に徹す」ことが大切といわれた。官房長官の発言は、個々の人々を一括りにして高みから見下ろしている、殿様側近主席家老の姿に重なる。この発言を大きく取上げた新聞は3紙のみ(毎日・朝日・東京-某氏が潰れればいいと名指しした新聞社ばかり)で、テレビでも殆どニュースになっていない模様。

 <湯沢雍彦 『昭和前期の家族問題』(ミネルヴァ書房、2011年)>:昭和元年から昭和40年8月15日までの18年8ヶ月を対象にしている、「昭和初期の暮らしと家庭の悩み」と「非常時の暮らしと家族の絆」の2部構成とし、結婚と夫婦、家庭生活、病、思想などを、出版物の記事や参考文献からのデータで示している。3部作の一冊。
 端的な感想としては、個人的にはあまり入れ込むことのできない内容であった。というのは、給料や日記などから見る生活、新聞の身の上相談などから見る男女関係や家族問題などにはこちらの関心が低いことにある。家族の悩みや低所得層の悲惨な状況、地方と都会の格差、あるいは都市の中の格差、こういったものを日記や新聞記事で示されても、自分はそれらをエピソード的に捉えてしまう。大事なことは何故そのような状況になったのか、ならしめたのか、社会システムはどうだったのかなどということであり、これらの点についてこの本はその性質上表層的にしか言及されていない。でも当時の家庭生活とはどのようなものだったのかを知るには好著である。乱暴な言い方をすれば、ここに書かれている内容からある特定の範囲を取上げ、深く掘り下げれば小説の世界になるのではないかと感じた。
 戦前のスローガンである「ぜいたくは敵だ」 ・「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」に対し、「ぜいたくは素敵だ」・「足らぬ足らぬは夫が足らぬ」などの皮肉った庶民生活がオレには好ましい。
 前記の「子どもを産むことは国家に貢献する」に絡めれば、昭和14年9月には「結婚十訓」(厚生省予防局民族衛生研究会)が出され、第十訓は「生めよ育てよ国の為」だった。

 NHK BSにてイギリスミステリー『刑事フォイル』が放映されており、最近は「兵役拒否」が流れている。その中に疎開児童が登場する。ちょうど時期を同じくして読んだこの『昭和前期の家族問題』にイギリスでの学童疎開が紹介されており、ドラマへの入り込みが少し深くなった。
 日本の学童疎開は縁故者への疎開や学校単位での疎開であったが、イギリスのそれは「里親委託型」であって、児童たちが到着する地での登録家庭の親が気に入ればその家庭に入った。
 イギリスの学童疎開では、「到着先で登録家庭の親が気に入った子を選ぶ「里親委託型」で、気に入れられない子は再度バスに乗って隣村へ行き、里親がどうしても見つからない子は協会などの施設へ入れられた。選ばれるのはかわいくって人好きのする女の子や農業の手伝いができそうな体格の良い男の子。汚いかっこうをした子や不器量な子は取り残された」のであった。いつまでも引き取られなければ自分の身を嘆くしかなく、これは子どもに対しかなり残酷なことである。また、「ロンドンで話題にされたのは、里親に虐待された、放置された、性的虐待を受けたという不快な話ばかりだったとされ」、「日本の倍にあたる3年間も養育されたので、終戦後帰宅した実親との人間関係を回復できずに、親しくなった里親の養子になった子どもも出た」とのことである。イギリスを批判するとかではなく、あらゆる人間社会が本来有しているダークな面と捉えるのが正しいであろう。