2021年1月18日月曜日

暫くは小説

 暫くは小説を続けて読む。

 <東野圭吾 『仮面山荘殺人事件』(講談社文庫、1995年/初刊1990年)>:初刊は1990年トクマ・ノベルズで、文庫版は1995年、そして今回手にしたのは文庫版2020年95刷で、カバーは2枚重なっており、息の長い作品である。山荘に集まった8人を中心にした叙述トリックに感心してしまった。車で事故死した女性の真の死の原因を探るべく大きなトリックが仕掛けられ、婚約者であった主人公が騙される。美事な仕掛けに読者は振り回される。

 <柳美里 『JR上野駅公園口』(河出文庫、2017年/初刊2014年)>:昨年全米図書賞翻訳部門を受賞したことより手に取ってみた(書名はTokyo Ueno Station)。最初に思ったのはこの本を翻訳した人(ロンドン在住のMorgan Giles)の力量で、相馬地方の方言、浄土真宗での葬儀の言葉、擬音語などを翻訳する能力に感服し、次にこの小説を著した著者の才能に対し単純にスゴイと思った。小説を書ければいいだろうな、書いてみようかなどという戯言は安易に口にすべきではない。
 主人公(カズさん)は上皇と同じ昭和8年に旧相馬郡八沢村(現南相馬市北東部)に生まれ、生きるため、7人もの弟妹を食わすために方々で働き続ける。昭和天皇の母-貞明皇后(節子=さだこ)-と同じ漢字の名前を持つ女性と結婚をする。節子は21歳で再婚だった。
 主人公が東京に出て来たのは30歳、土方仕事をやり、東京オリンピックの設備建築などで土方をやり、妻や子どもたちと時間を共にするのは、60歳で故郷に帰るまでの間に累積1年もなかったであろう。22歳から出稼ぎを始め、北海道や東京で48年の長きにわたって働いた。
 今上天皇と生年月日が同じで名前も幼名浩宮にちなみ浩一と名づけた息子は、レントゲン技師の資格を取得してすぐの21歳で孤独に死に、妻は主人公と一緒に暮らした7年が経って65歳で亡くなる。一人になった主人公を心配して21歳の孫娘が同居するが、彼女を縛っておくことは出来ないと、主人公は家を棄て東京に出てきて上野でホームレスになる。公園口に広がるのは上野恩賜公園、天皇や皇族が訪れることが多くそのたびに「山狩り」と呼ばれる特別清掃が行われ、その実体はホームレス排除。すなわち、天皇の祈りの対象外にホームレスはある。御料車の中で「罪にも恥にも無縁な唇で微笑」むその人は、「挑んだり貧ったり彷徨ったりすることを一度も経験したことのない人生」で、主人公と同じ年を重ねている。「山狩り」にあってもなおその御料車に手を振る主人公の姿は肉体化された天皇制と言える。去った南相馬の地は2011年3月11日に津波で大きな被害を受け、孫娘は飲み込まれて死に、主人公は帰る気持ちを棄てたその故郷も失った。

0 件のコメント: