2018年4月25日水曜日

44年前の勤務中写真

 最初に勤めた会社での勤務中の写真が2枚。ともに44年前1974年に職場の同僚がたまたま撮ってくれたもの。1枚目は自席を立ったときで、左手にファイルを掴み、背後には資料を置いた机とドラフターが見える。2枚目にある機械は最初に加わった設計チームのなかで手がけた大型工作機械であり、練習機の主翼を削る機械。専門用語風に言えば、ガントリータイプ5軸フライス盤。一段高いところに立っている背の高い方が25歳のオレ。その右の背中を見せている人は多分上司のHo部長で、大径ウォームホイール(扇状)の説明をしているところかと思う。後ろにあるネジ(ボールネジ)は外形80mm、単品コスト80万円ほどで図面を描くのにびびった。そのボールネジが取り付けられているコラムは断面1600mm×1600mmの長さ6300mmだったか。これはさらに緊張した。名古屋の企業に製造委託したもので数百万円のコストだった記憶がある。納品されて実物を見たときに、図面を描いているとはいえその大きさに驚いたものである。ボールネジ軸受部の設計が未着手なのにコラムを先行発注せねばならず、軸受ハウジング取り付け部は見込みで広くとってある。コラムが乗っかる左右両側の大きな部品やその駆動機構も設計した。米国O社のジャパナイズ化および専用機化変更設計といえども、大学卒業したての若造によくもこういう設計をさせたもんだと今でも感じ入っている。この機械の設置で某メーカーへ出張した折、休日には結婚数ヶ月前だった連れ合いと東京でデートしたことも懐かしく思いだされる。熱い夏のことだった。
 写真の工作機械以外にも種々の専用工作機械を設計したが、その会社での僅か6年半の工作機械設計経験がその後の仕事の太い基幹となった。転職してからも製品設計という仕事は変わらなかったけれど、仕事の質、組織体制、開発プロセス、周囲の設計者の質などは良くも悪くも大きく変わった。すべて過ぎ去ったことである。



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