2018年7月22日日曜日

『伯爵夫人』と『日本人の起源』

 <蓮實重彦 『伯爵夫人』(新潮社、2016年)>:もうすぐに帝国が亜米利加に宣戦布告する時代、セピア色の画面に伯爵夫人や二朗の姿がカラーで映し出され、口・手・局部がハイライトされて艶かしく濡れそぼる。妄想の装いの交情と会話、流れる文章、熟れたまん○と屹立する魔羅、真摯で滑稽。ぷへー。

 <山崎茂幸 『日本人の起源』(幻冬舎MC、2016年)>:表紙に書かれた書名をフルに記すと『DNA、古地理・古環境からさぐる 日本人の起源 ~石器時代人が縄文人、弥生人そして現代人になった~』。
 一般的にはホモ・サピエンスは約20万年前にアフリカで誕生し、約6万年前から世界各地に拡がり、東南アジアやバイカル湖に至った。日本への移動は北海道ルート、朝鮮・対馬ルートと沖縄ルートがあり、北海道ルートはシベリアから陸続きで樺太を経由して北海道に渡り、朝鮮・対馬ルートは約3万8千年前に海を渡って来た。沖縄ルートは3万年以上前に海を渡って来たというものである。
 本書では、約200万年前から1.7万年前まで日本列島は大陸と陸続きであった。対馬海峡は約1万年前にできた。それまでは瀬戸内海は古黄河と合流して南西諸島西側で大平洋に流れ出た。バイカル湖付近の北方系のヒト集団は朝鮮半島経由ではなく黄河に出た後で黄河沿いに前記瀬戸内海伝いに日本に入ってきた。DNAで見ると日本人は人種の坩堝であるが、その特徴は朝鮮半島およびその付近ででは見られない。言語学的に日本語は孤立語であって、祖語はチベット・ビルマ語に繋がる。1万年前に対馬海峡ができると日本は大陸と離れた孤島となり、弥生人がやってきて縄文人と交わり原日本人に繋がってきた。従って、弥生人が縄文人と置き換わったのではなく、石器時代人が縄文人になり、弥生人が加わって現日本人になったのである
 ポイントは、氷河期が終わりとなって対馬海峡ができる1万年前までは日本列島は大陸と陸続きであること。バイカル湖近くの北方系ヒトは黄河に出て日本に南下した(北上したヒトはチベット方向に向かう)。対馬海峡が出来て日本列島は孤立して独自の文化を作り上げてきた、とこのようなものである。
 著者は定年退職後に日本人の起源を追い求め、多くの研究書を多角的に捉えて本書の仮説に至る。多くの書物からの図表の転載をして論拠を示すのであるが、この図表がコピー・ツー・コピーを繰り返したように解像度が劣化して判読に苦労する雑なものである。同じ主張を何度も繰り返し、参考文献からの引用も安直であり、さらに全体構成は如何にもアマチュアが著したという雑さを感じた。これには編集者の責任も多分にあるだろう。これらを措いても、アジアと日本の広い地理に渡るヒトの動きを面白く読ませてもらった。

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