2018年6月4日月曜日

『光のない海』

 <白石一文 『光のない海』(集英社文庫、2018年)>:頁を捲るのがとまった箇所(189頁)を引用。

 私たちがかしずき、そのために身を粉にして働いている組織とは、私たち個々人とはまったく次元を異にする別種の生命体と言っていい。
 組織とは、人間が作り出した”自然”なのだ。
 その”自然”に人間は常に翻弄され、その”自然”の掲げるルールに従って生かされていく。自らが創造したものでありながら、いざ、その”自然”が誕生すると我々にはそれに逆らったり対抗する手段が一切ない。
 そういう”自然”の最たるものが国家だと私は考えている。

 上の引用文がストンと入ってくる。「個々の人々が組織に組み込まれるとなぜに変質し、個を失くしてしまうのか、そいう組織とはどう表現すればいいのか」とずっと思っていた。その「組織」を「人間が作り出した”自然”」と考えることに得心する。人智の及ばない”自然”を個々の人々が作り出すというこの矛盾めいた構造に納得性を感じる。

 主人公は建材会社の社長、50歳。女を教えてくれた会長、その娘と結婚したが、子供は自分の子ではない。友人は少なく、心を開いているのは同業とも言える女性社長に、自社での配下でもある年配の女性。善意で繋がる実演販売の女性とその祖母。女性にというより性欲そのものを失った主人公は、自らの過去と現在を対比しつつ、バリ島で死んだ妹、および出奔した父にまつわる秘密を知らされる。

 海の中、水に光があるとしていた妹とは対照的に、海に胸まで入った主人公は海の中ではなく、外を見る。「県道を走り抜ける車のライト。道沿いに建つ紳士服店やガソリンスタンドやコンビニの看板・・・・・・。あの海には光がない、と」主人公は思った。このラストは秀逸。

 「孤独を綿密に描いた」という裏表紙の文章が的のど真ん中を射ているとは思わない。寧ろこの小説の世界を矮小化している。

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